記憶の中の女達〜(45)2度目の結婚〜エピローグ-第94話
作家名:淫夢
文字数:約3730文字(第94話)
公開日:2022年7月22日
管理番号:k057
この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。
浩美との結婚に失敗し、別居した私は、顧客である弁護士に離婚調停を依頼した。
そして、私は、会社が分譲し、私が彼に販売したワンルームマンションを相場の半分くらいの家賃で、彼から借りて生活を始めた。
浩美には家を出る半月程に話していて、ギターアンプとレコード、オーディオなどは先に新しいマンションに運び込んでいて、最後に家を出る時は、ストラトキャスターと、その時期に着ていた洋服を詰めた紙袋だけだった。
恋人もセックスフレンドもいなかったが、私の人生の新しいスタートであり、独りで、新鮮な気持ちでスタートしたかった。
私が安い家賃で借りても、その分納税額が減るので弁護士にとっては、大した問題ではなかった。
ワンルームマンション節税対策用のワンルームマンションを買ってくれた常連客の一人にMという初老の歯科医がいた。
高額所得者の中には、ワンルームマンションを数千万円購入して運用しても未だ納税額が多く、節税のメリットを理解した上で、数億円も購入し、“見なし法人”に(事業化)する人もいた。
M先生も、後日、その一人になった。
7月半ばの真夏の盛り、電話営業でM先生にアポイントを取り、都下の新興住宅街の駅前にあるM先生の歯科医院に初めて訪問した時、受付にいたのが、芙美子であった。
私は芙美子を一目視て言葉を失っていた。
“白衣の天使”とは真に彼女を形容するための言葉だと、その時感じた。
ほとんど化粧をしていないのに何という美しさだろう。
長いストレートの髪、細面の富士額、涼やかな眼差し、すっきりとした鼻筋、美しい唇、強く抱き締めると壊れてしまいそうなほど華奢な肩、しなやかな腕。
白衣の下の軽い胸の膨らみ。
「先生とお約束の方ですね?」
美貌も、口調も、私を応接室に案内する後ろ姿も、商談中にお茶を出してくれた立ち居振る舞いの礼儀正しさと上品さも、全てが過去交際った女性の上を行っていた。
私は、芙美子の事で頭の中が一杯になり、うわの空であったが、商談は何とか成立させた。
帰る際に挨拶すると、彼女は優しく微笑んで小首を傾げた。
以来、中間金の回収、2戸目、3戸目の追加購入交渉にM歯科医院を訪問するが、仕事よりも芙美子に逢いたい気持ちの方が先走っていた。
8月末のある日の夕方、追加購入のローンの書類作成にM歯科医院を訪問し、それが終わった後、M先生が私を誘ってくれた。
「月一の飲み会なんだけど、あなたも来るかい?」
幸運な事に、その日は後に何もなかったし、会社も顧客とプライベートな交際いをする事を奨励していた。
二つ返事で承諾し、会社にその旨を報告する。
先生と彼女以外に女性の歯科衛生士が2人、駅前の居酒屋で飲むという。
歯科医院を出て居酒屋に向かう芙美子の後ろ姿を視て驚いた。
背中に“Fender”というロゴのネームの入ったティシャツを着ていたのだ。
勿論市販している物ではない。
楽器関連の仕事をしている者でなければ手に入れる事など出来ない。
「何でFenderのティーシャツ着てるんですか?」
私は背後から声を掛けた。
「何でFenderって知ってるんですか?」
彼女が立ち止まって振り返り、微笑みを浮かべて小首を傾げた。
「おれ、ストラトキャスター持ってます」
「えっ、そうなんですか?」
Fender=フェンダーは世界的な楽器メーカーで、ストラトキャスターは、エレキギターでは世界最高峰のひとつである。
スーツ姿の不動産会社の営業マンの私が、Fenderを知っていて、ストラトキャスターを持っているなど、彼女が驚くのも無理はなかった。
居酒屋に入ると、私と彼女は意気投合し、話しまくった。
28歳だという彼女も、中学生の頃からロックが好きで、高校を卒業して27歳くらいまで楽器店で働いていたようだ。
“R/Z”の事もはなしたが、勿論、淫蕩生活は伏せた。
酒好きだが、余り強くないM先生が1時間ほどで「もう帰るよ」と言った。
もっと話していたかったが、何時でも逢えるし、別の日に誘っても断られない気がして、その場はそのまま別れた。
9月半ば、中間金の回収が集中する日の事だった。
私は朝から夕方5時頃まで、7件の回収に回り、カバンの中には1000万円近くの金が入っていた。
次の回収は7時であった。
普段なら夕食がてらに、喫茶店などでサボるのが通例だったが、何故かその日に限って、虫の報せがあり、私は入金の為に会社に戻った。
そして入金処理を終え、タバコを一本喫って出掛けようとした時、運命の電話が掛かって来た。
電話に出ると、芙美子だった。
後日談だが、その時、私が不在だったら二度と電話しなかったと、彼女は言った。
真に運命の一瞬だったのだ。
「M歯科医院の受付をしている者ですが、お判りですか?」
彼女が?!
おれに電話を!
「勿論、判ります」
「先生のデスクの名刺を視てお電話したんですけど、ご迷惑でしたでしょうか?」
「迷惑だなんてとんでもない。めちゃくちゃ嬉しいですよ」
「ありがとうございます。実は、昨日E.Cのコンサートを観に行ったんですけど、すごく感激して、誰かに聴いて欲しいんですけど、誰もいなくて」
そこまで聴けば充分だった。
「明日の6時なら」
「嬉しいわ。お願いします」
京王線新宿西口改札で待ち合わせる。
先日視た、ティシャツにジーンズ姿とは正反対の、上品な茶系のワンピースに濃紺のニットのカーディガン姿が彼女の清楚で上品な立ち居振る舞いを魅き立たせていた。
行き付けである西口の鮨屋に行くと、相変わらず板長が威勢良く迎えてくれた。
彼女が余り飲めないのは、先日知っていたから無理に勧めず、彼女のペースに合わせて飲み、興奮気味にコンサートの感動を語る彼女を視ていた。
心底素晴らしい女性だと想った。
2時間ほど飲んで語り合い、駅まで送る。
一週間後にある、かつてバンドをやっていた時に何時もゲストで来てくれたWAのバンドPのコンサートを観に行く約束をして別れる。
その日から、私は毎日、心を弾ませていた。
彼女を、毀れ物を扱うように、大切にしたかった。
年齢のせいか、或いは彼女のイメージがそう感じさせるのか、一気に燃え上がって、あっと言う間に燃え尽きるような恋にはしたくなかった。
中野サンプラザで行われたW.AのバンドPのコンサートを一緒に観に行き、終わってから中野の駅前のショットバーで飲み、1時間程話した。
私は勿論だったが、芙美子も感動してくれたようだった。
その二日後、M先生から電話があり、飲みに行こうと誘われた。
2人で先生の行き付けのクラブに行く。
そのクラブには、先生のお目当てのホステスさんがいて、前回行った時に紹介されていた。
彼女も先生を商売っ気なしで慕っているようだった。
一年後、2人は結婚し、私と芙美子も結婚式に招待された。
M先生は、60代で年齢は離れていたが、随分気が合い、知り合って未だ三ヶ月程だったが、お互いに腹を割って話が出来ていた。
「あなたは離婚調停中だよね?上手く行きそうかい?」
M先生も離婚を経験したと話してくれていたので、私も私生活を隠してはなかった。
「向こうが世間体を気にして時間は掛かってますけど、元に戻る気はないですから」
私はきっぱり言った。
先生が頷いてから、意外な言葉を口にした。
「あなた、あの受付の女の子、どうにかしてやれないかな?」
「えっ。あの子、どうかしたんですか?」
先生が彼女について話し始めた。
「彼女は四国出身なんだけどね、父親は公務員で厳格な家庭に育ったらしい。高校を卒業して地元の楽器店で働いていたんだが、職場の先輩と恋仲になったんだ。彼がロックをやると決めて、今年の春に東京に出て来た時、駆け落ちするように一緒に出て来たみたいなんだ。で、僕の処に就職したんだけど、彼は全然働かないでギターばかり弾いてる。
彼女もロックは好きみたいだけど、生活が成り立っての上での事でしょう?彼女が同棲してるのは知ってたけど、彼に絶望したんだろうね。先月、彼と別れて、独りでアパートを借りたいけど、お金がないので貸して欲しいって相談されたんだ。彼女は真面目で仕事も一生懸命やってくれてるから、ぼくも力になってあげたくて、何時でも貸してあげるから、その時が来たら言いなさいって伝えたんだ」
同棲してたのか。
私はがっかりした。
しかし、28歳。
私がかつて出遭った女性達の中では最上級の素晴らしい女性だ。
男が何人いても不思議ではない。
それにしても何というダメ男だ。
ロックやるのは良い。
彼女を働かせ、自分は仕事もしないでギターばかり弾いてるなんて、許せない。
そんな男が彼女と一緒に暮らして、今は仮にセックスしていないかも知れないが、同じアパートで暮らしている。
怒りがこみ上げる。
しかし、彼女が私に電話をくれた時、ECのコンサートを観て感動して誰かに話したいけど、誰もいない、と言った。
同じ部屋に暮らしていても、それ程冷め切っているのだ。
先生の話を聴けば、独り暮らししたいが、費用がないから仕方なく一緒にいるだけだ。
考えてみれば、だからこそ彼女と親しくなれそうになっているし、逆にチャンスではないか。
「先生、実は彼女とは、もう二度逢いました。飲んで話しただけですけど」
「そうかい?やっぱり、あなたは早いね」
先生には、“R/Z”時代の話も、女性遍歴も隠さず話していた。
私は先生に、彼女との経緯と自分の気持ちを告げた。
(続く)
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