記憶の中の女達〜(41)「セーラー服を着たままでして」-第85話
作家名:淫夢
文字数:約3360文字(第85話)
公開日:2022年5月20日
管理番号:k057
この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。
最初の結婚を後悔して、別居生活を始めた36歳の春。
私は会社の休みを利用して、久しぶりに3日ほど故郷へ墓参りに帰った。
父母は、肋膜炎の療養以来10年振りの帰省を喜んでくれたが、浩美との離婚調停の行方を頻りに気にした。
しかし、父母に心配されても、なるようにしかならない。
私だって、弁護士任せだった。
翌日、墓参を終えた後、懐かしさを求めて、高校時代にワル友と良く屯していた喫茶店に行った時、喫茶店のオーナーが私を憶えていてくれ、ワル友達の消息を教えてくれた。
高校時代のワル友だった応援団長が後を継いでいる自宅の工務店に電話し、約束してその夜飲む。
一緒に来たサッカー部のキャプテンは父親の環境整備の会社を継いでいて、一番仲の良かったバスケット部のエースは地元の繊維会社に、他に漁師になったやつと、繊維会社に就職したやつ、銀行員になったやつが来てくれた。
昔話を肴に飲んでいるうちに、高校時代に私が交際っていた希実枝の話になった。
私が3年になった5月、入学したばかりの希実枝がラブレターをくれた。
女性遍歴を続けていた淫蕩の私だが、高校時代は超の付く硬派で、と言うより、女性に対して臆病だったし、つるんで遊ぶワル友達と言えば、応援団長以下、学校中の誰もが敬遠するようなグループだった。
希実枝は入学した時から全校生徒の注目を集めるほど清楚で可愛かった。
「何でおれに?」と尋ねた時、「他の女子が怖がって誰も近寄らないみたいだから」と平然と言ってのけるほど、性格も開放的で一途なタイプだった。
交際ったと言っても、時々駅から高校までの行き帰りに一緒に歩いたり、放課後に校舎の屋上、校庭や図書館で話したりする程度で、また、希実枝も私の方から一緒にいる時間を作らない限り、私がワル友と一緒の時は、さすがに近寄っては来なかったので、何時も一緒という訳ではなかった。
それでも、休みの日は、一緒に山に出掛けたり、私の実家の裏の砂浜で過ごしたりした。
しかし、そんな時に限って最強の臆病の虫が出現し、キスどころか、抱き締めるどころか手を握る事も出来なかった。
結局、卒業式の後、初めて抱き締め、ぎこちないキスを交わしただけで終わっていたのだった。
その後、私は東京の大学に入ったものの、学生運動の嵐に巻き込まれて大学に行かなくなり、ひょんな経緯からゲイバーで働くハメになり、その後、“R/Z”を開店して、ロックの世界で生きていて、故郷に帰る事はなかった。
文通!での遠距離恋愛をして、故郷に帰省した時にセックスすると言うような関係でいたら良かったのかも知れない。
いきなり、二人もセックスの指南役が出来、多数の女性と交際ってセックスしてはいても、もちろん美しかった希実枝との想い出は心の奥底に秘めてはいたが、音信不通にしてしまった自分から、今更連絡を取るのは憚られた。
希実枝は高校を卒業して就職した家具屋の跡取り息子に見初められて結婚、女児を設けたが、夫の浮気が発覚し、5年前に離婚、今はスーパーで働いて中学生の娘を育てている、との事だった。
しこたま飲んだ翌日、太陽が既に頭上に差し掛かる頃に目覚めた私は、母が用意してくれた昼食を済ませ、故郷で暮らしていた時は日課のようにしていたように、家の裏の砂浜に出て海辺に横たわった。
波の音を聴きながら眼を閉じると、海で遊んだ限りない幼い頃の想い出が次々に脳裏を過り、そして、何度か、希実枝とこの砂浜の最南端の岬まで歩いた情景が蘇る。
そしてあの卒業式の後、初めて希実枝を抱いてキスを交わした時の、唇に触れた希実枝の震える唇の感触、瞼を閉じた清楚な美貌が浮かんで来る。
清純で美しかった希実枝を抱いた男がいる。
上品で清楚だった希実枝と結婚し、毎晩の様に抱き、愛撫して官能に塗れさせ、愛撫を求めさせた男がいる。
その男が、浮気をして希実枝を悲しませた。
嫉妬心と、憎しみが湧き起こる。
東京の大学など行かずに地元で就職していたら、希実枝と結婚していたかも知れない。
ワル友達は、都会の大学を卒業した者も含めて、ほとんど地元で就職して、同級生や下級生だった女性と結婚し、幸せに暮らしているようだった。
今更の遠い想いだ。
私は未練たらしい想いを引き摺ったまま立ち上がり、南の岬に向かって歩き出した。
その時だった。
家の傍の海岸通りに青い軽自動車が走って来て停まり、ドアが開いた。
「吉田くーん」
希実枝?!
50メートルも離れていた。
18年経っていた。
髪をブロンドに染めていて、それでも希実枝だとすぐに判った。
茫然と立ちすくんでいると、大きく手を振った希実枝が砂浜に飛び降りて、私に向かって走って来た。
私は戸惑いを覚えながらも、希実枝に向かって歩いた。
近くまで走り寄った希実枝が、驚いた事に私に抱き付いた。
「逢いたかった!嬉しい!」
私は返す言葉もなく、ただ希実枝のしなやかな肢体を抱き締めた。
故郷の港町の昼食時に海岸通りを歩く人など、昔からほとんどいなかった。
海岸通りの家は10軒もなく、ひっそり静まっている。
いや、視られても構う事はない。
希実枝も離婚して独身、私も離婚進行中だ。
私は衝動的に希実枝の唇に唇を重ねていた。
拒むかと想ったが、希実枝が小さく呻いて私を抱き直し、唇を柔らかく開いて私の舌を受け入れた。
互いの遠い昔の想いを絞り出し、貪り合うような永いキスを交わす。
どれだけ時が過ぎただろうか、希実枝が熱い喘ぎに堪え切れなくなったように唇を離し、私の手を引いた。
「わ、私の部屋に来て」
私が拒むはずがないと想っている。
最初は希実枝が抱き着いて来たのだが、希実枝にキスを求めたのは私の方からだった。
昔から一途で、私を圧倒する事もあった。
助手席に乗ると希実枝が車を走らせる。
「団長が今朝電話くれたの。私、団長にお願いしてたのよ。あなたが帰省したら必ず団長に連絡するはずだから、報せてって」
希実枝が前を向いて運転しながら一方的に話す。
「私の事は聴いたでしょう?あなたの事はさっき電話で団長に聴いたわ。結婚に失敗したのは同じね。でも私は後悔してないわ。したって無意味だし。ただずっとやり直したいって想ってたの」
やり直したい?
まさか、私と?
「着いたわ。娘と2人暮らしよ。娘は夕方まで部活で帰って来ないから。入って」
部屋の中に案内される。
「ちょっと待ってて」
所在なく突っ立って部屋の中を眺めている私に声を掛け、希実枝が奥の部屋に入った。
確かに男の気配の欠片もない。
思案を巡らせていると、奥の部屋から希実枝が出て来た。
「希実枝!」
驚いた事に、希実枝が着ていたのは、懐かしい高校時代のセーラー服姿だったのだ!
「ずっと仕舞って置いたの。今でも着られるわ。ちょっとウエストきついけど」
希実枝が、恥じらいに美貌を染めて微笑んだ。
確かに、先ほど砂浜で抱き締めた希実枝の肢体はしなやかではあったが、記憶の中の希実枝のそれよりふっくらと成熟した大人の女のものだった。
18年経っていた。
34歳。
あの頃の希実枝とは違う。
もちろん私もだ。
戸惑う私に希実枝が抱き付いた。
「あなたにどうこうして欲しいんじゃない。この町に帰って私と結婚してとか、そんなんじゃないの。ただ私自身が、あなたに抱かれて、あの日からもう一度やり直したいの」
「あの日から?」
「あの日、卒業式の日、私は、あなたに、女にして欲しいって想ってた。あなたが東京に行くのは判ってたし、あなたがそのまま戻って来ない気もしてた。でも一度だけになっても良いから、初めての時はあなたにして欲しかったの」
希実枝が私の胸に美貌を埋めたまま、話した。
私は再び返す言葉を失っていた。
「あなたが厭じゃなければ、今、私を抱いて。私の新しい人生のやり直しをさせて。あの、高校の裏山でのキスからもう一度私の人生をスタートさせて。今まで実際に生きて来た20年間を消してしまいたいの。娘が出来て、成長してるけど、私の心も身体も、あの日に戻したいの」
ふと気付くと希実枝は泣いていた。
そんなものなのだろうか?
私と一度セックスするだけで、あれからの過去を消してしまえるものなのか?
私は、ずっと、過去を引き摺っている。
彼女は離婚してから、ずっと想い詰めていたのか。
そして私を待っていたのか。
希実枝の存在をほとんど気にも掛けないでいた私を。
「判った」
希実枝の涙に濡れた美貌を上向け、もう一度キスを貪る。
(続く)
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