記憶の中の女達〜(31)花のような美少女-第63話
作家名:淫夢
文字数:約3160文字(第63話)
公開日:2021年12月10日
管理番号:k057
この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。
再会し、再び拒絶されたから20年後、偶然、妻が利用していた通販雑誌で、サーファーシャツを買おうと想ってページをめくっていた時、婦人服コーナーでモデルの千尋を偶然発見する。
驚いて、何度も視詰める。
間違いない。
千尋だった。
もう45歳くらいにもなっているはずだが、再会した頃に比べて、体型も美貌もほとんど変わっていないように想えた。
初めて出遭った頃、ファッションモデルをしていたが、それ以来もずっと、年齢に応じたモデルをしていたのだ。
切り抜くか、カラーコピーを取って保存するかしたかったが、妻の気持ちを考えて我慢した。
それでも毎月届くカタログを、自分の洋服を探すからと言って視ていた。
毎月のように美しい彼女が載っていたが、2年後くらいからそれも途切れてしまった。
モデルを辞める事情が出来たのか?
結婚したのか?
結婚しても、モデルは続けられる。
雑誌は、毎月送られて来ていた。
しかし、ページをゆっくり捲って探しても、千尋の姿はなかった。
身体に、或いは人生に、何か異変が起こったのか?
雑誌の編集部に問い合わせようか、と考えたが、千尋に迷惑が掛かるかも知れなかった。
インターネットで、雑誌名と名前で検索してみたが、視付からなかった。
今はただ、幸せでいてくれる事を願うだけである。
千尋が最初に“R/Z”に現れたのは9月の初め頃だった。
大人しそうで控え目な言動、服装も大抵地味目だったので、それ程目立ってはいなかったが、私は一目視てとんでもない美少女だと感じた。
かつて読んだ小説か詩の一節、“花のような美少女”という言葉を想い出していた。
化粧っ気はなく、涼やかな目鼻立ち、清楚で上品な美貌、愛らしいエクボ、時折視せる、透明感のある花のような微笑み、華奢でしなやかな肢体、おっとりとした上品な立ち居振る舞い。
優依を失って2年、行き当たりばったりでセックスする女性やセックスフレンドはその頃も何人かいたが、恋人と言える女性の存在がなかった私を夢中にさせた。
しかし、不思議な事に、千尋に対して、抱きたい、セックスしたい、という性的衝動は湧かなかった。
ただ一日中傍にいたい。
一日中話していたい。
それだけの想いが私の心に充ちていた。
それ程、セックスを感じさせない女性だった。
千尋は何時も独りで日曜日の午後に来て、夕方、私が仕事を終える6時前に帰っていた。
彼女への想いは募るばかりだった。
そして。
彼女が現れてひと月、私は意を決した。
彼女がオーダーしたアイスティーを自分で運び、彼女に小さく囁いた。
「6時まで待っててくれ」
彼女は一瞬驚いた表情になったが、すぐに花のような微笑みを浮かべて頷いた。
実は、私が女性に対して、自分からアプローチしたのは、未だかつて彼女と現在の妻だけである。
それ以外の女性は全て、女性の方から私に近づいて来たか、成り行きでセックスして交際うようになっていた。
大恋愛をした蓉子、優依でさえ、私の方からではない。
蓉子とはたまたま“S”で出遭い、薫さんに言われて部屋まで送ってやり、成り行きでセックスし、一気に愛情が芽生えた。
優依は、初めて視て一目惚れしたものの、その翌日、彼女の方から近付いて来てくれた。
6時になった。
彼女と視線が重なった時に頷くと、彼女が立ち上がって、会計を済ませた。
外に出ると、彼女が着いて来る気配があった。
“S”のならず者達の視線と冷やかしの言葉を浴びさせたくなかったので、近くの喫茶店に入る。
名前は千尋、17歳、A学院大学付属高校の2年生だった。
通販のファッション雑誌のモデルを時々していると言った。
上品で清楚な美貌が眩しくて視詰める事が出来ない。
小首を少し傾げて微笑みを浮かべ、一言一言、言葉を選ぶようにおっとり話す。
千尋も少し緊張しているようで、自分からは余り話さなかった。
家は京王線の調布、家が厳しく、門限が8時だと言うので、1時間程話して、新宿駅まで送る。
新宿通りの人混みを避け、“M”デパートの裏通りを、千尋の歩みに併せてゆっくり歩く。
大抵の女性は、ここで腕を絡めたりして来るのだが、千尋は勿論しない。
それが、私には新鮮であった。
未だ一緒にいたい。
帰らせたくない。
「また一緒にいてくれるか?」
新宿駅の改札で千尋に振り向くと、愛らしい微笑みを浮かべて恥じらい、小首を傾げた。
「はい。日曜に、また」
抱き締めたい想いをやっとの事で堪える。
改札を通って暫く歩いた千尋が人混みの中で振り返り、視守っていた私に小さく手を振った。
その次の日曜、夕方近くになって千尋が“R/Z”に来た。
視線が合った時に頷くと、千尋も頷いた。
やはり私が仕事を終えるまで、待ってくれた。
今度は、一緒に“S”へ行く。
ドアを開けて千尋を中に誘うと、カウンターの中のFとS、ボックスで飲んでいたH達が、彼女を視て、恐らく、彼女の清純な美貌に驚いたようだった。
私が“S”に初めての女性を連れて行くと、大抵何某か、冷やかしの言葉を浴びせて来るのだが、その時は皆無言で、千尋に視線を投げた。
常連達の雑談や冗談の中に、彼女を未だ加えたくない。
何時も座るカウンターではなく、一番奥のボックステーブルに座る。
「酒飲めるか?」
「少しだけ、飲んでみたいです」
Fに水と氷を頼んで水割りを作ってやる。
酒も馴れてはいないようで、一口飲む度に、グラスを灯りに透かして視詰めるような仕草をする。
その表情も上品で愛らしかった。
胸がときめく。
やはり門限が厳しいからと、1時間程飲んで駅まで送ってやる。
毎週日曜日の夜は千尋と一緒に過ごし、ひと月経った。
私は自分がとっくに千尋の虜になっているのに気付いていた。
ほとんど毎日のように、他の女性とセックスする機会はあったが、私らしくなく、大抵は断った。
「新しい恋人出来たの?」
「日曜の夕方来る、あの可愛い女の子、交際ってるの?」
「もうセックスしたんでしょう?」
セックスフレンド達が、私の純情をからかった。
初めて千尋を視た時と同様、毎週日曜の夕方、1時間程一緒に過ごし、会話を交わしたが、彼女に対して、性的な欲望を抱いた事は未だなかった。
一緒にいたい、抱き締めていたい、触れていたい、とは想うが、それから先のイメージが浮かばない。
振り返って考えると、それも私自身不思議であった。
ある日、“S”を出て、新宿駅の改札に入る前に、振り返った千尋が驚くような言葉を口にした。
「今度の水曜日、お部屋に行って良いですか?」
私が西新宿のマンションで独り暮らしだという事も、休日が水曜日だという事も話していた。
「い、良いよ」
鼓動がいきなり高鳴る。
千尋がバッグから愛らしいキャラクターのメモ用紙とボールペンを出す。
手の震えを堪えて、部屋までの地図を書いてやる。
「学校の帰りに行きます」
千尋が恥じらいを浮かべて微笑み、踵を返した。
そして待ちに待った水曜日。
独りで目覚め、シャワーを浴び、シーツを替えて洗濯して掃除する。
珍しくロックではなく、ドヴォルザークの“新世界より”を何度も繰り返し聴くが、気持ちは落ち着かない。
脳裏は千尋の上品で清楚な美貌で一杯であった。
何をする事もなく、ただベッドに仰向けになっていた。
千尋の裸身を想像してみるが、やはり想い浮かばない。
それも私にとって珍しい事だった。
私は、とっくに恋の虜になっている千尋を、それでも未だにセックスの対象として考えていなかった事に改めて気付く。
おっとりとした言動。
上品で清楚な美貌。
小柄で華奢な肢体としなやかな腕と脚。
そこまでだった。
人知れず、しかし、太陽の光を浴び、そよ風に揺れて咲いている、淡い色の小さな花。
千尋はセックスさせてくれるのだろうか?
私の部屋に来るという事はそういう事だろう。
いや、彼女はそんな事を考えてもいないかも知れない。
ただ、言葉通り、私の部屋に来て、一緒に過ごしたいだけなのかも知れない。
(続く)
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