記憶の中の女達〜(31)花のような美少女-第62話
作家名:淫夢
文字数:約2990文字(第62話)
公開日:2021年12月3日
管理番号:k057
この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。
29歳の頃、私は新宿西口の高層ビル内にあった英会話教材の販売会社で営業課長をしていた。
私が27歳のとき、8年間の暴淫暴色が祟って肋膜炎を患い、3ヶ月の療養所生活の後、無菌結果が出たので新宿に戻った。
久し振りに“R/Z”を覗くと、驚く程客が減っていた。
まさか、私が不在だったせいではないだろうが、僅か4ヶ月足らずで、常連客もほとんどがいなくなってしまっていた。
オーナーに、客が一気に減った理由を尋ねても判らないと応え、“家賃も払えなくなったし、もう辞める”と言った。
元々、コーヒー・紅茶・コーラが150円、ボトルは原価、常にぎりぎりの営業をしていて、薄利でも多売であったからこそ、経営を維持出来ていたので、無理もなかった。
また、レコードが古くなって傷が付き、そこにレコード針が掛かると大きな電流が流れ、60万円以上もするスピーカーが何度も壊れるようになり、買い替えを余儀なくされてもいた。
“R/Z”は、華々しいパーティもイヴェントもやらず、自然消滅のように閉店した。
その後は、権利を買い取った人が、名前を変え、居抜きで経営する事になった。
後に、何度か行ってみたが、安価でなくなったせいもあっただろう、客はほとんどおらず、何時か閉店してしまった。
“S”は、それまで通り、何時もの常連達で賑わっていて私を迎えてくれたので、尚更“R/Z”が一気に寂れた理由が判らなかった。
現在、“R/Z”の常連であったらしき古いロックファンがツィッターやブログに書き込んでいるが、新宿の“R/Z”は伝説の存在になって語り継がれている。
そこのマスターだった私も一応、ですね。
オーナーは、私に、自分の跡を継がせるから、営業と人付き合いを覚えろ、と言った。
自分では、社交的だと想っていたが、“R/Z”や“S”での人付き合いと違う事は想像出来た。
何の跡なのかは判らなかったが、オーナーは芸能人や政治家との交流があったので、それらしき事をするのだろうが、あまり興味は湧かなかった。
家賃と光熱費は今まで通り出してやるから、それ以外の生活費だけ稼げ、とも言ってくれたので、生来楽天的な私は、先の事は気にしないで、求人雑誌の一番上に載っていて、西新宿の部屋からも歩いて通えたので、英会話教材の会社に応募して採用され、生まれて初めてスーツとネクタイの生活になった。
オーナーとは10年近い付き合いになったが、私が不満に感じるような事、私の不利になるような事は一切しなかったので信用していた。
その日、仕事を終えた後、何時もなら部下を連れて飲みに行くのだが、皆を帰らせた後に残業をしていたので独りで飲みに行くつもりだった。
高層ビル街から新宿駅に通じる地下街を歩いていた時、途中のビルから出て来た懐かしい美貌が横切った。
「千尋?」
私の呼び掛けに、彼女が驚いて振り向き、一瞬美貌が強張ったが、すぐに穏やかになった。
まさか、こんな処で千尋と再会するとは!
「久し振りだな。元気か?」
「ええ、あなたも元気そうね」
千尋が僅かに微笑み、すぐに俯いた。
おっとりした口調と声が懐かしかった。
別れてから6年経った千尋は、髪型と服装は変わったが、愛らしいエクボと清楚な上品さをそのままに残して、大人の雰囲気を漂わせていた。
彼女の自宅は京王線の調布だったが、今でもそうなのか。
大人になった今でも門限は厳しいのだろうか?
「食事しないか?」
恐る恐る誘うと、彼女は一瞬躊躇したが、ゆっくり頷いた。
高層ビルに戻り、MSビル最上階のレストランに行く。
コース料理にワインを楽しみながら、お互いの現在の生活を語るが、やはり気まずさが先に立って、会話が弾まない。
高校生だった当時、モデルをしていたファッション雑誌の会社に就職して、編集の仕事をしていると言った。
指輪はしていなかった。
恋人はいるのだろうか?
彼女を裏切った私が訊けるはずもなかった。
17歳の頃の彼女の記憶と、眼の前にいる24歳の現実の彼女とが交互に脳裏で交錯する。
相変わらずの薄化粧で、当時の愛らしい清楚で上品な美貌はそのままだが、やはり随分大人っぽくなっていた。
洋服の上から窺う胸の膨らみも、多少豊かになったようにも感じるが、華奢な肩と細身の肢体は変わってはいなかった。
この洋服に覆われたしなやかな裸身が、私の愛撫に反応して悶え、仰け反った。
美しい乳房が私の掌にぴったり収まり、愛撫に歪んだ。
乳房の頂上でつんと上向いた乳首が、私の指の間で勃起して転がった。
この美しい指が私の勃起を撫で、摩り、扱いた。
この美しい唇が、熱い喘ぎを洩らし続けて快感を訴え、唾液に濡れて私の勃起を咥えて扱いた。
時折、垣間視える愛らしい舌が、勃起の幹を這い、精液を受け止め、舐め取った。
千尋が、私の手指と口での愛撫でエクスタシーの絶頂を極めるシーン、私にフェラチオを施しているシーンが脳裏に蘇る。
ぎこちない沈黙が漂っているのは、彼女が私から離れて行った、離れて行かざるを得なかった事に対して、私が後ろめたさを感じ、彼女もそれを感じ取っているからか。
許してくれるなら、もう一度交際いたい。
もう一度彼女を抱きたい。
「もう帰らなきゃ」
彼女が腕時計を視て切り出した。
未だ9時過ぎだったが、やはり門限が厳しいのか。
京王線の改札まで送る。
「また逢えるか?」
また逢いたい。
何度も逢いたい。
逢って、交際って、あの頃のように抱きたい。
交際っている女性が3人いたが、彼女と交際えるなら、みんな別れても良い。
二度と彼女を悲しませるような事はしない。
悲しませた事を取り戻したい。
しかし、それは、既に取り返しの付かない想いだった。
彼女と交際っている時に、そう想っていたら。
彼女は真貌になって小首を傾げ、少し想いを巡らせたが、視線を伏せて悲しそうに呟いた。
「ごめんなさい。もうあんな想いはしたくないの」
彼女はそう言い残して歩き去った。
あの日の、涙を湛えた瞳、悲しみに歪んだ美貌が脳裏に蘇る。
私は、深い溜息を付きながら、ホームへの階段を下りて行く彼女のしなやかな後姿を、消えるまで視送っていた。
私が過去に交際った女性で、別れた後の消息がずっと気になり、今でも、幸せな人生を送っていて欲しいと願っている女性は、画家を目指していた蓉子、そして千尋である。
蓉子は、恐らく、画家にはなっていないのであろう、インターネットでどうやって調べても出て来なかった。
私に対して、“画家になるのを辞めて働く”と言った。
恋人が出来て、画家の道を棄てて平凡な家庭を選んだのだろうか?
幸せでいて欲しい。
優依の消息も気になっていたが、彼女が、4年程前、私が亡き父母の短歌集を寄稿した地方文学研究家のHPで、私を探し当ててくれ、ある日、研究家を通じてメールが届いた。
43年振り、驚くべき、奇跡の再会であった。
優依は、最初のメールで“あなたを酷く傷付けたって、ずっと後悔していて謝りたかった”と言った。
まるで、私に訣別を告げて結婚した事を悔いていて、現在の生活が必ずしも幸せではないように感じられたが、その後のメールの遣り取りで、子供を3人授かり、孫が二人出来て幸せに暮らしているようであった。
それなら、何故、数十年経って、私を探し出してまで、謝りたかったのか?
しかし、それを尋ねるのは、今更、であった。
私には妻、彼女には夫がいるので、お互いに自制していて、逢ったりなどはしないが、現在も毎日のように、他愛のないメールの遣り取りはしている。
(続く)
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