記憶の中の女達〜(30)美しくなかった美少女-第60話
作家名:淫夢
文字数:約3680文字(第60話)
公開日:2021年11月19日
管理番号:k057
この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。
新宿の雑踏が朝晩でも未だ噎せ返るような9月の半ば頃、何時ものように、6時で仕事を終えたが、相手をしてくれるセックスフレンドも今日はおらず、“S”に飲みに行こうと“R/Z”を出掛かった。
「マスター、電話」
セックスフレンドか。
階段途中から戻って電話に出る。
「私、沙和、判ります?」
残念ながら違っていた。
「判るよ」
「相談に乗って欲しい事があるんだけど、今日は女は?」
「ありがたい事に独りだ」
「良かった。何もなければ、今から」
「何もない。今、何処だ?」
「Mデパートの前」
「5分で行くから待ってろ」
私は沙和のニキビの跡が残る愛らしい美貌を想い浮かべながら、夜の帳が降りた新宿通りの人混みを掻き分けて急いだ。
沙和は、都立高校の2年生、開店当初からの常連であるカメラマンKが1年くらい前から週末に連れて来ていた。
Kは、何時もは日雇いのバイトをしていて、金が貯まるとカメラを提げて全国を飛び回っていたので、沙和が独りで“R/Z”に来る事はなかった。
Kが学校の帰り道の沙和に一目惚れして声を掛け、気が進まない処を圧し切って彼のモデルにしていた。
170センチ近くある長身で細身な彼女は、ニキビの跡こそあったが、目鼻立ちのくっきりした愛らしい美貌で、立ち振る舞いも話し方も愛らしく魅力的で、プロのモデルでも通用しそうだったが、芸能界などの派手な世界が厭で、何度かスカウトされたのを断っていたらしいが、Kが熱心にアタックし、プロのモデルにならないのであれば、と承諾したようだった。
カメラマンのKは25歳くらいだったか、プロを目指しているようだったが、なかなか簡単になれるものでもないようだった。
“S”のメンバーで、プロのカメラマンを目指していたSも、“S”の常連の、週刊“A”、月刊“K”などの編集者達の紹介で、単発の仕事をしていたが、それでも日雇いのアルバイトをしなければ生活出来ないとこぼしていた。
私はロックバンドを組んでいて、月に一度の“R/Z”でのライヴをやったり、やはり単発の仕事をしていたが、そもそもプロになる気はなかったので気楽なものだった。
沙和は、Kとは、“R/Z”で酒を飲んでいる時でさえ抱き合っていたので、カメラマンとモデルの関係だけでなく、恋人であるのは一目で判る雰囲気だった。
沙和が私に相談って何だろうな。
私は、Kとはウマが合い、一緒に飲みに行って彼のアパートに何度も泊まったりしていて、開店当初からの常連だった事もあって親しくしていた。
私の貧困生活を知っている沙和の相談は、金の話でない事は確実だった。
また、他人の人生に導きを開いてやれるような人間でもなく、そんな高尚な生活を送ってもいないという自負はあった。
Mデパートの前まで行くと、沙和が私に手を振った。
夕方の新宿通りの雑踏に立っていても、遠くからでも一目で判るほど沙和は目立つ存在だった。
Kは一緒ではなくて、沙和独りだった。
という事は、彼との事での相談なのか。
それなら、私やKの行き着けの処ではない方が良い。
「何処に行く?」
「何処でも良いけど、話し難いからお酒飲みたい」
沙和はかなり強い方だった。
Mデパートの裏通りにある、今まで入った事のなかった居酒屋に入る。
「やつは?」
酒と焼き鳥を注文してから、尋ねる。
「南アルプスに行ってる。一週間くらい」
「本当にカメラが好きなんだな。バイト代が入るとすぐ何処かに行くもんな」
「そうなのよ」
「お前がやつと“R/Z”へ一緒に来るようになってもう一年経つか」
「うん」
何時も明るくて、セックスフレンドの事で私をからかう沙和が、今日は言葉少なかった。
深刻な話なのか。
それならいきなり尋ねるより、沙和の方から切り出すまで待とう。
沙和の学校での友人達の話、“R/Z”の常連達の話、ロックの話をして一時間ほど経った。
やはり、Kの話が出て来ない。
という事は、相談というのはやはり、Kとの事か。
「マスターって、やっぱ優しいね」
沙和が俯き加減で、独り言のように呟いた。
「何で?」
「私の相談が深刻な事だって感じて、私が話す気になるのを待ってくれてる」
賢い女性だ。
「ねえ、ここじゃなくて音が鳴ってる処が良い」
確かに周りは酔っ払いで雑然と賑やか過ぎて、何かを真剣に語る雰囲気ではない。
立ち上がって会計を頼むと沙和が財布を出した。
「私が呼び出したんだから。それにマスター、赤貧生活でしょう?」
「はーい。よろしく」
沙和が初めて私に冗談を言った。
新宿通りの雑踏を、沙和を庇うように歩き、久しぶりに三丁目の“B”というジャズスナックに行く。
学生運動をやっていた敦子、中学の教師だった貴美子を連れて来た事を想い出す。
その後、独りでも来る事があったが、“R/Z”を開店してからは来ていなかった。
Kがここに飲みに来ているという話は聴いた事もない。
「おお、生きてたか?」
長髪で細長い顎鬚を生やした初老のマスターが久しぶりの私を視て驚き、抱き着いて戯けた。
「あんたもな。もう死んだかと想ってた」
「わはは。憎まれじーさん、世に憚るだ」
ウィスキーのロックと、沙和にハイボールを頼み、暫くは飲んで先刻のような他愛ない話をする。
沙和が、3杯目のお代わりを一口飲んで、やっと切り出した。
「あのね、あいつにね、結婚してくれって、言われた」
「へえ。ついに」
沙和は、高校2年生だが、Kがモデルに切望する程美人だったし、彼とのセックスも豊富だっただろうから、年齢よりは大人びていた。
「もち、私が高校卒業してからって言ってたけど」
沙和がKと結婚する。
私の心の中で嫉妬心が芽生えた。
それまで、恋人のいる女性と交際った事はなかった。
いや、何人かの女性とはセックスした。
しかし、言い訳を許されれば、それはその女性に望まれたからであったし、その女性は私とセックスして、恋人とは別れると話していたから、厳密に言うと彼女の恋人から女性を奪った訳ではないし、彼女達とセックスしたのは全て一度っきりだったし、それ以降遭った事もなかったので、その後の事は私の関知する処ではなかった。
尤も、恋人がいるのを私が知らされていないだけのセックスフレンドがいたかも知れないが。
嫉妬深い私は、自分の淫蕩は棚上げして、自分が一度でもセックスした女性が恋人の元に戻り、その恋人ともセックスするのは許せなかった。
棚上げして、とは言うが、普段は淫蕩な私も、愛し合っている恋人がいる間は、他の女性とセックスしたりはせず、セックスするような状況になっても我慢して、セックスしなかった。
はずだ。
と想う。
ような気がする。
沙和も、初めて知った時には既にKという恋人がいたので、美しい、愛らしいとは想っていたが、性的に意識して接する事はほとんどなかった。
しかし、たった今、Kとの“結婚”という言葉を沙和が口にした瞬間、沙和に女を感じていた。
今、眼の前にいる愛らしい沙和がKに抱かれ、美しいであろう裸身を愛撫され、セックスして、官能に塗れて熱く喘ぐ。
脳裏で、沙和の、未だ視ぬ美しいであろう裸身が悶え蠢き、眼の前にある愛らしい美貌が官能に塗れた。
「で、お前は?」
私は平静を装って尋ねた。
「それよ。私は未だ17で、高校卒業まで未だ一年半もある。あいつの事愛してると想うけど、結婚って言われてもピンと来ないの」
「優依とおれの逆だな」
「マスターは、逆に、優依ちゃんに結婚してくれって言われてたんだね」
「ああ、そうだ。それで?」
官能に喘いで歪む優依の愛らしい美貌と、性欲の虜になって悶え蠢く美しい裸身が脳裏に浮かぶ。
「パパになんて話せないけど、ママに話したの。ママには、前からあいつの事話してたし」
今の若い世代は男女を問わず、恋人の話を、父親には話さないが、母親には秘密にしないと、聴いた事があるが、昔からそうだったのだろうか。
かく言う私も、後年、成長した娘と息子から具体的に聴いた事はないが、妻は二人に恋人が出来たら、その折々に聴かされていたようで、会話の中に、時々私の知らない親しげな固有名詞が出たりしていた。
「でね、ママは、良い人だと想うし、私が愛し合っているなら反対はしないけど、せめて普通の会社にお勤めして貰わないと、パパに紹介出来ないって」
「で、やつにその話をしたのか?」
「した。そしたら、あいつ、サラリーマンなんかならない。カメラで飯が喰えるようになるまで待ってくれって」
「おーい。おれと優依と、一緒じゃないか」
私は苦笑いしてウイスキーのお代わりを頼んだ。
すると沙和が半分近く残っていた水割りを一気に飲んでお代わりをする。
「そうね。優依ちゃんもだね。で、どれだけ待てば良いの?って訊いたら、10年、って」
「10年かー。10年って永いぞ。その間に、やつとお前の気持ちが変わらないか?」
「それよ。今でさえ、あいつに結婚してくれって言われて醒め掛かってるのにさ」
「それだけじゃない。10年待っても、あいつがうだつが上がらないままだったら」
「そうなの。何で10年なのかしらね?」
「さあ、あいつなりの夢っていうか、計画があるのかもな」
とは言ったが、10年という区切りはいかにもアバウトな気がした。
酔って来たのか、沙和の瞼が重たそうになった。
(続く)
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