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記憶の中の女達〜(19)大乱闘の後で-第38話



作家名:淫夢
文字数:約3220文字(第38話)
公開日:2021年6月18日
管理番号:k057


この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。



挿絵の官能小説画像

年が明けた。

“R/Z”の客は少しずつではあったが増え、常連らしい男女もいて、ボトルをキープする者も出て来た。

配りまくった100円券を持参する客が多かったのは、オーナーのアイディアのおかげであった。

未だ5000枚くらい余っていたので、来た客にまた5枚くらい渡す。

そんな時、ボックスに座った独りの若者が、バッグからドラムスティックを取り出し、音楽に合わせて自分の太腿を叩き始めた。

観ていると、なかなかの正確さで、感覚も曲に合ってある。

私は他の客にコーヒーを運んだ際に、声を掛けた。

「ドラムか?バンドやってんのか?」

「バンドは未だだ。おれとベースだけ」

ジャスト!

「おれ下手くそだけどギターやる。」

「一度奏ってみるか?」

3日後、スタジオで2時間やってみて意気投合した。

前回のメンバーと違って今度は二人共自己流だし、ハードロック志向らしく、上手く行きそうな感じがした。


夜、“S”に行く。

私が夕方からここに来るようになったからか、以前の、深夜の“S”と違って、私以外にも割と客が多かった。

恵さんと朝まで二人っきりで飲んでいた日々が懐かしい。

初めてセックスした恵さんの、私の勃起を口で愛撫して歪む上品な美貌、私の愛撫に反応して性欲に翻弄され、激しく悶える裸身が脳裏に浮かぶ。

そして別れ際の最後の言葉。

“蓉子を忘れるな。あんな生き方しか出来なかった女もいるんだ”


カウンターの中のFが私のボトルとグラスを出して言った。

「お前、明後日の夜、空いてるか?」

「空けるよ」

「女連れでも良いぞ。Sの同棲記念パーティーやるんだ」

「へえ、良いじゃねえか。どんな女だ?」

カウンターに立っているSの前にいる女性が照れ笑いをして首を竦めた。

ここで何度か視た女性だった。

「おめでとうさん」

私はウイスキーを注いだグラスを掲げた。

ふと、Sの恋人の向こう隣に座っている小柄な女性に気付いた。

彼女の友達のようだった。

一目で感じる美人ではないが、化粧っ気のほとんどない端正な横貌、華奢な肢体は高校生のように観えたが、酒を飲み、タバコを喫っているし、Sの恋人の友達なら22、3歳だろう。

「明後日だな?」

「しょんべん横丁の“M ”の2階。7時だ。2000円な」

「判った」

恵さんは午後9時に開店し、朝5時に閉店していたが、今度の連中は夕方5時に開店して午前1時に閉店する。

閉店まで飲んでみんなで大騒ぎし、オーナーのマンションに引き上げた。 


しょんべん横丁は、新宿西口を出て青梅街道に向かう、狭い飲み屋街で、料金が安く、大層賑わっていた。

確か、ほとんどの店が、ビール中瓶が200円、一番安い日本酒1合が150円くらいだったと記憶している。

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東中野や高田馬場の女性や常連の部屋に泊まりに行く際、金がほとんどなくて、電車で行くか、もう1杯飲んでから歩いて行くか、で、大抵後者を選択したものだった。

尤も歩いているうちに酔いが覚めたのだが。  


当時、「誕生日祝い」、「結婚記念」、「就職記念」、は勿論、「同棲記念」、「初バイト料記念」などと称して皆で集まって飲んでいたが、何の事はない、ただ大勢で集まって一緒に飲みたかっただけであった。

当日の夜、指定された居酒屋の2階に上がると、顔馴染み、見知らぬ顔併せて20人程いて、既に盛況だった。

「吉田―、こっちに座れ」

私を視留めたHが手招きした。

留年を繰り返して25歳で大学4年生。

恵さんの時代からの“S”の、常連中の常連で、深夜“S”に行って、私以外の客というと、大抵彼らのグループであった。

“〇〇大学社会思想研究会”というサークル活動をやっていて、学生運動にも参加しているらしかった。

ゴールデン街や区役所通り、新宿3丁目界隈で、私が飲みに行くほとんどの飲み屋のトイレの壁に、“〇大社思研参上!”と、マジックで落書きがしてあった。

彼らとは“S”で隣り合って、学生運動に関して“論破”を吹っ掛けられて口論した際、何故か、彼等に随分気に入られ、新宿で暮らいた間、交際う事になる。

「遅れて来たから駆け付け3杯な」

「時間通りに来たぜ。お前らが先に飲み始めたんだろうが」

しかし厭なはずがないので、拒む理由もない。

私はHに勧められるままに日本酒を3杯一気に飲んだ。

一息付いて、ふと辺りを観回すと、少し離れた処で、一昨日視たSの同棲相手と友達の女性が飲みながら談笑していた。

一昨日は横貌しか視られなかったが、正面から視てもやはり純朴そうで可愛かった。

駆け付け3杯の日本酒の一気飲みと、その後のウィスキーのストレートのがぶ飲みのチャンポンが堪えたのか、前夜のハードなセックスが祟ったのか、私は暫くして眠り込んでしまっていた。

顔に何かの液体を掛けられた気がして眼が覚めると、顔の傍に割れたビール瓶が転がっていた。

“危ねえじゃねえか!”

周りを観回すと、大騒動であった。

Sの同棲相手の友達が蹲って震えていた。

「何がどうしたんだ?」

私は急いで駆け寄り、彼女の背中を覆うように庇い、肩全体を抱き締めた。

「隣のテーブルの大学生達と口論になってケンカになったの」

彼女が振り返って私にしがみ付いて震えた。

30人程が立ち上がって取っ組み合いしたり、殴り合ったりしていて、止めに入ったであろうはずの割烹着を着た居酒屋の店員まで殴り合いをしている。

「吉田っ、その子を連れて逃げろ。他の女はみんな逃げた!」

男と取っ組み合いをしているHが少し離れた処から叫んだ。

私がケンカに強くないと感じたのだろう。

パトカーのサイレンが何台分か、遠くから聴こえて来た。

私は彼女を抱いて立たせ、抱くようにして庇いながら入口に向かった。

“二人掛かりは卑怯だろ!”

途中、Hの仲間を背後から羽交い締めにしている男の背中を、傍のテーブルの上に転がっていたビール瓶で、大怪我をしない程度の勢いで殴った。

頭を殴ろうとしたが、血が出たら厭だから想い留まった。

子供の頃から、ハエと蚊とゴキブリとしか戦った事のない私が、生涯一度だけ他人を殴った。

これが最初で最後であった。

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ちゃんと「ごめん」と言っておいた。

急いで靴を履いて表に出ると、狭い道を野次馬を掻き分けるようにして、大勢の警官が店の中に飛び込んで行った。

青梅街道に出ると、10台程のパトカーと数台の護送車が緊急灯を点けて停まっていた。

「大丈夫か?」

「う、うん」

彼女の貌を覗き込むと、血の気が失せていて、小さな唇を震わせていた。

身体の震えもさっきからずっと続いていた。

その様子から、独りでは帰れないだろうし、帰せない。

「お前、家何処だ?」

「阿佐ヶ谷」

私は彼女を連れて駅まで行き、一緒に電車に乗った。


因みに、この大乱闘は翌日の朝刊の社会面のトップに載った。

“逮捕者9名、軽症14名、居酒屋で若者の大乱闘”

相手のグループについては知らないが、こっちの仲間は4人が拘束されたが、3日で不起訴解放になった。


電車の中でも、彼女は未だ私にしがみついたまま震えていた。

「お前、名前は?」

彼女が私の胸に貌を伏せたまま、「由美子」とだけ言った。

由美子に導かれて着いた処は、2階建ての何処にでもあるようなアパートだった。

“独り暮らしか”

「もう大丈夫だろう?」

名残惜しくて、ずっと抱いていたかったが、由美子を離して帰ろうとしたら、彼女が一層強くしがみついて来た。

「帰らないで」

そのまま由美子を抱いて部屋に入る。

灯りを点けようともしないから、私が点けた。

彼女の部屋を観回す。

6帖の和室に小さなキッチンだけの部屋、ベッドと小さな2人掛けの小さなテーブル、小さな冷蔵庫、腰高の本棚が二つ。

暮らしは質素で、読書が趣味のようだった。

男の気配はなさそうだった。

「だ、抱いて」

由美子が震える声で言った。

今、由美子を抱いている私に「抱いて」とは、セックスして、という意味合いなのか。

それまで心の奥底に潜んでいた淫蕩の虫が動き始め、自分勝手にそう解釈する。

「良いのか?」

私は洋服の上から由美子の乳房を軽く揉み立てる。

由美子は逃げようともせずに、貌を上げて瞳を閉じた。

「し、して」

“やはり、そうだった”



(続く)





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