アナルファンタジー(5)激変-第19話
作家名:優香
文字数:約3480文字(第19話)
公開日:2021年3月22日
管理番号:k066
「中トロ、大トロは、脂が濃過ぎて食べられません。マグロやブリなんかより、白身の、カレイとかヒラメとか、それと、お魚よりも貝やエビなどを好んで食べます。」
「そう?お鮨ならマグロが一番、それもお金に糸目を付けないで大トロばかり食べたいって言う人が圧倒的に多いけどね。私の友人で、カニ、エビを食べられないやつもいるし、カニ、エビばかり食べるやつもいる。貝が苦手だと言うやつもいる。マグロを食べるくせに、ツナは大嫌いというやつもいる」
この人は何が言いたいのだろうか?
お寿司屋さんにでも行ってご馳走してくれるのか?
「肉が好きな人もいれば、魚が好きな人もいる。お鮨が大好きな人でも、トロが好きな人もいれば、貴方のように苦手な人もいる。肉体美を誇るような男性を好む女性もいれば、細身の女性的な男性を好む女性もいる。頼り甲斐のある年上の男性を好む女性もいれば、甘えてくれる年下の男性を好む女性もいる。
それは、多分セックスでも同じだと想う。つまり貴方が考えている事は真実だと想うという事を言いたいのです。セックスや愛情には正常、異常、あるいは正しい、誤りはないと、私も考えている」
やっと、核心に触れる話になって、彼の言いたい事が理解出来た。
「わ、私の考えは間違っては、いないと?」
私は恐る恐る同意を求めたが、彼はあっけなく応えた。
「そうだね?同性愛も、近親愛の延長である近親相姦も、愛情の形は、誰にも否定出来ないし、抑制出来ないものだと想う。それを否定したり抑制したりする事は愚劣な事だと想うけど、それはいわゆる世間一般の常識、道徳と呼ばれて、歪んだ教育を施されて来たんだね。
女性の貴方は意識された事がないかも知れないけど、男性の同性愛は肛門を使ってセックスする、いわゆるアナルセックスだし、貴方が先程遭遇した近親相姦も、妊娠を避けて肛門を遣う人は多い」
私は、再び視線を上げて、貌を強張らせた。
「す、少しは解ります」
「排泄器官である肛門でセックスしようとすると、当然排泄物と関わって来る。彼らはアナルセックスをする前に排泄する。セックスする前に必ず浣腸で肛門の内部を洗浄する人達も多いし、その過程で女性に浣腸を施し、排泄する処を観るのを好む男性もいるし、観られて快感を覚える女性もいるんだよ」
私は、自分の最近目覚めた性癖を見破られた気がして、息を?み、身を竦めた。
「ふーん。余り驚かないね?まあ、良い。世の中には色んな性癖の人がいる。それを否定する事は出来ないし、否定して何の意味があるだろうか」
彼は、私が彼に私の性癖を見破られたのではないかと、一瞬貌を強張らせ、伏目になったのに気付いただろう。
それでも、優しい微笑を湛えたまま、続けた。
「排泄行為と言うのは、言うまでもないけど、誰でもする事でね。恥ずかしい行為であるとした教育が、今の日本の倫理観を植えつけたんだ。外国では、例えば、アメリカやイギリス、フランスなどの公衆トイレには壁がなかったり、あっても簡素な物だったりするけど、そんな公衆トイレを利用するのにそれ程抵抗を抱かない。
日本人、特に女性は絶対にしないだろうね?もう一つ、南太平洋に住むある民族は海の浅瀬の上に家を建てて生活してるんだが、家のトイレも勿論海の上にあって、誰もが大便を海に落とすんだ。
それが魚の餌になって、魚が豊富に獲れる。それを食べる。排泄も当然、食生活の一部になっているから、彼らは排泄行為を隠そうとはしない」
「あ、ああ、そ、それ、テレビで観た事があります」
私は、やっと彼の話に相槌を打てた事で、少し嬉しい気分になっていた。
「近親相姦のケースは知らないがね、同性愛、ホモもレズも、私の知り合いには割りと多いよ。同性愛と言っても、二通りあってね。例えばレズの場合で言うと、女性が女性として女性を愛するのと、女性が男性を装って女性を愛するのと、その二通りだ。
勿論真の男性になる事は不可能に近いけれど、心身共に男性に近付いてね。男性も同じで、男性として男性を愛するのと、女性の様になって男性を愛するのと、分かれるね」
「そ、そうなんですか?」
彼は、少し間を置いて、携帯電話を取り出した。
携帯電話を持つ程、生活にゆとりがあるか、携帯電話を利用しなければいけないような仕事をしている種類の人間だと、解る。
「ああ、私だがね、今夜の約束はなしにして良いかね?」
彼が私を微笑んだまま見据えて、電話の向こうに話し掛けた。
「いや、君と酒を?みながら小難しい話をするより、若い女性と?んだ方が有意義に想えてね」
「あ、ああ、わ、私なら」
私は、彼を制そうと、慌てて手を振ったが、彼が片眼を瞑り、片手を挙げて遮った。
「うん、ひょんな事から、素敵な美女と偶然知り合ってね。そういう訳だ。お詫びは今度するよ。うん。あれ、君が今度学会で発表する論文、最後の仕上げを協力するからさ。うん、じゃあ」
彼は悪戯っぽく笑って、もう一度私に片眼を瞑った。
やっぱり想像した通り、学者か、何かの研究をしている人なのだ。
「さあ、そろそろ時間だ、行こうか?」
彼がレシートを手にして立ち上がった。
タクシーを拾って、乗り込み、夜の帳が下りた街を走る。
多分六本木だろう、有名な喫茶店のある大きな交差点を過ぎた辺りから路地に入る。
タクシーが急に速度を落とさざるを得なくなる程、大勢の人達が歩いている。
屈託なく笑いながら歩くグループ、身体を寄せ合って歩くカップル、彼らには私のような悩みなど全くないように想えた。
タクシーを降りて、すぐ眼の前のビルに入る。
エレベーターで、五階まで上がって降り、彼の後に着いて行く。
「いらっしゃーい」
「あらーっ。先生っ、お久し振りっ」
「まあーっ、先生が、女性と一緒だなんて、珍しい。妬いちゃうわっ」
重そうなドアを開けたとたんに、奥から歓迎の声が飛んで来た。
高価そうな調度品を設えた店内は、少し薄暗かった。
若く、美しく着飾った美女が三人、私と彼を出迎え、席に案内する。
カウンターとボックスに数人の客と、従業員らしい女性が数人。
客は皆男性で、女性客は私だけだった。
従業員の女性達は、容貌こそ多少違ってはいても、大抵は美人と称されるようなタイプであったが、声が少し低く、話し振りも繕ったような感じだった。
お酒のセットが運ばれて来て、私と彼を間に置いて席の端に二人の女性が腰掛けた。
「ママも、もう来てますよ」
「先生がこんな美人を同伴なんて、ママも妬くわよ」
やはり、何処か変だ。
お化粧は一様に濃く、声色も低く、話し方もわざとらしい。
しかし、私は初めて入った高級クラブの雰囲気にすぐに?まれ、そんな意識は何処かに消えてしまった。
「先生、いらっしゃい。あら、素敵なお嬢様をお連れになって」
ママであろう和服姿女性がにこやかに話し掛けながらやって来た。
和服を着慣れた感じの、すごい美人だ。
年齢など解るはずもない。
しかし、雑誌のグラビアかファッションショーの写真で観る様なモデルみたいだ。
背も高く、私の視線が彼女の肩先にしかない。
「何処に座ろうかしら?お二人の間に入ると失礼だし、そうね、先生の横よりも、こちらのお嬢さんの方が素敵だから、こちらに座ろうっと」
彼女が、彼の反対側の私の横に座った。
艶かしいオードトワレの香りが私をどきどきさせる。
亜紀さんとも、麗子さんとも違うタイプの女性だったが、美女である事には変わりはなかった。
「さあ、乾杯よ。こちらのお嬢さんの素敵な夜に、乾杯」
六人で、乾杯して、雑談に花が咲く。
「貴方って、お酒、強いのね?」
「い、いえ、そ、そんな」
昼間の事を忘れようとするのか、雰囲気に慣れずに緊張して、また手持ち無沙汰も手伝ってか、二、三杯の水割りをあっと言う間に?んでしまっていた。
「お、お手洗いは、何処ですか?」
私は尿意を覚えて、席を立とうとした。
教えられた方向に歩く途中、ボックス席で、中年の紳士に女性の従業員が甘えるようにしなだれかかっているのが、視線の端に止まった。
紳士の手が、彼女の胸を掴んでいたが、彼女はそれを拒む風でもなく、紳士の股間に置いた掌を動かしていた。
《ああ、人前で、あんな》
この店ではそういう事をしても平気なのだろうか?
初体験の私には解らなかったが、すぐに視線を逸らして、トイレに入った。
用を足し、洗面台で鏡を観る。
もう琢磨とは、逢えない。
セックスも出来ない。
いや、逢いたくないし、セックスなんて勿論したくない。
今夜から変わろう。
変わる?
どんな風に?
明日からどうするの?
心を重い闇が埋めた。
それを振り切るように貌を振って席に戻ると、話が弾んで、異様に盛り上がっていた。
(続く)
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