化粧品セールスレディの秘密-2話
作家名:バロン椿
文字数:約2940文字(第2話)
公開日:2020年12月1日
管理番号:k071
男性諸氏はお化粧の匂いに惑わされ、クラクラする時もあると思いますが、化粧品セールスはお客様もセールス側も女同士。とても厳しいものがあります。今日の営業会議でも、成績が上がらないと、「アホか!」、「辞めちまえ!」の罵声が飛んできます。そんな時、お休みが取れたら何をするのか?やっぱり男が欲しくなる?ふふふ、今日は特別に二人のセールスレディ、小池淑江さんと吉野知子さんの秘密に迫ってみましょう。
思った通り、「え、あ、ああ、いいですよ」と嫌とは言わない。
そして、地下から出ると、淑江は浩一に「ありがとう」と色っぽく声を掛けた。
丸顔でポッチャリ体型、背丈も155センチと平凡な女だが、今日は黄色地に蝶をあしらったミニのワンピース、そして、仕事柄、メイクはバッチリ決めている。
浩一は「あ、いえ、どうも」とたじろいでいたが、積極的なのは彼女の持ち味。
「お兄ちゃん、一人なの?」と迫ると、「そうですけど……」と明らかに戸惑う声。
そこに、「うちら大阪から来たんよ」と吉野知子がサポートに加わった。
彼女は淑江とは違って、スリムな美人。
それがネイビーのタンクトップにジーンズのミニスカートだから、その効果は抜群だ。
「あ、あ、そ、そうですかあー」と浩一はドギマギして頬が赤くなってしまった。
こうなると、罠に掛かったのも同然。
すかさず、「ねえ、うちら小布施に行くねん。一緒に行かへん?」と知子が誘いを掛ける。
お戒壇巡りを助けてあげただけだから、こう言われても、普通なら「いえ、結構です」と断るものだが、熟女の色気にグラグラきているから、そうもいかない。
「はあ……」と躊躇っていると、「こないなおばちゃんたちじゃ嫌かな?」と知子が畳み掛けてきたから、「あ、いえ、そんなことはありません」と口が勝手にしゃべってしまった。
その瞬間、
(ええ子をゲットした!)
(ほんまや)
と顔を見合わせた淑江と知子はニャッと笑い、淑江が「運転手さん、お願い!」とタクシーを捕まえると、知子は「さあ、行こう」と浩一を車に押し込んだ。
うちら、化粧品のセールスレディなんよ
「うちは小池淑江。そっちは吉野知子」
タクシーが走り出すと、淑江が笑顔で自己紹介したが、知子にしか関心のない浩一は「飯田浩一」とぶっきら棒だった。
まあ、それは淑江も織り込み済み。
「お兄ちゃん、高校生?」
「うん、2年」
「そうか、若いって、ほんまにええなあ。肌がきれいや」
そう言って淑江が彼の頬を手で擦ると、驚いた飯田浩一は「あっ」と反射的に体を引いたが、「淑江ちゃん、そんなことしたらビックリするん当たり前や。浩一君、ごめんね。うちら化粧品のセールスレディなんよ」と知子がフォローする。
「セールスレディ?」
「そう、口紅や香水を売って歩くおばちゃんよ」
「あ、いや、僕は『おばちゃん』なんて言ってないけど……」
「ごまかしたってダメ。顔に書いてある」
「え、あれ、いや、あ、あははは」
海千山千の淑江と知子に掛かったら、高校生の浩一はなんなく捻られてしまう。
「昨日、営業会議があって、うちら、成績が悪くて、たっぷり絞られてしまったんよ」
「そう、凄いんよ。課長なんか、『そんな成績でええんか? お前らアホや。売れるまで帰ってこんでええ!』って、サンダルを投げるんよ」
「全く、あの近藤課長、大嫌いや」
「それでムシャクシャして、二人で温泉にでも行こうって来たんよ」
昨日のストレスがたっぷり溜まっているから、喋り出したら止まらない。
そこに、「化粧品のセールスって、大変なの?」と浩一が興味を示したものだから、勢いが加速する。
「そら、大変よ。相手が男やったら、『ねえ、買うてよ』って色気でも使えばいいけど、女にはそんなことできないし、それどころか、『私をブスだと思っとるんでしょ?』なんて、いつも僻んだ目で見ているから、ほんまに大変なんよ」
「そう、そうなんよ。だから、うちらの世界では、お客はんの年齢はいつも5歳くらい若く答えることになっとるんよ。40前後であれば『お客はん、お肌キレイどすけど、もしかして35歳どすか?』なんてね。『いやねえ、40なんよ』とほんまの年を言うたら、『ええーっ! ほんまどすかぁ〜とても見えへん』と大袈裟に驚いて、お客はんに気持ち良うなってもらって化粧品を買うてもらうんよ」
テンポよく飛び出す裏話に、タクシーの運転手もニヤニヤしながら聞いている。
仏頂面だった浩一もいつの間にか笑顔になっていた。
そうこうするうちに「お客さん、ここですよ」と目的地の小布施に着いていた。
「あら、もう着いたん?」
淑江が窓を開けると、善光寺のあたりとも一味違う、澄んだ空気が吹き込み、古い土壁に囲まれた屋敷が多く、風情ある街並みが目に入ってくる。
「ここが小布施なのか」
淑江の開けた窓の方に身を乗り出した浩一は外の空気を胸いっぱい吸い込んだが、その時、ズボンの上からだが、股間に触れられた感じがした。
ビックリして隣の知子を見ると、フフッと笑っている。
何か言おうとしたが、彼女は「ほな、行くわよ」とドアを開けて降りてしまった。
日差しは強いが、風は爽やか。
「運転手はん、1時間程、ここで待っててや」
「はい、ごゆっくり」
遅れてタクシーを降りた淑江は、「ええなあ、この雰囲気……」と胸いっぱいに空気を吸い込み、知子は「淑江ちゃんもこないの好きなの?」と背を伸ばす。
「うん、大好きや。いつかこないな町に住みたいと思っとるんよ」と淑江が歩き出すと、「へえ、ロマンチックやな」と知子は浩一の手を握る。
傍から見れば、オバサン二人に付き合わされている高校生だが、香水の匂いに鼻を擽られ、すっかり恋人とのデート気分になっている浩一はのぼせ上がっていた。
「ここが有名な酒蔵や」
「試飲できるんかな?」
「今から飲んだら、あかんよ」
「あ、そうやね、ははは」
小布施の町は見どころが豊富。
そして、しっとりした雰囲気の遊歩道の前に来ると、先を歩いていた淑江が「ここや」と、その場にしゃがみ込み、地面を指でなぞり出した。
浩一が不思議に思って、知子に「どうしたの?」と聞くと、「『栗の小径』よ。栗の板が敷き詰めてあるやろ」と教えてくれた。
確かに淑江がなぞっているところには木材が敷き詰めてあった。
「へえ、これが栗なのか」と浩一が淑江の隣りにしゃがみ込むと、彼女は浩一の太腿を撫でながら、「うちのクリもええんよ」と耳元にふぅーと息を吹き掛けてきた。
「えっ……」と驚いて彼女の顔を見ると、「ははは、独り言や、独り言」と妖しく笑っていた。
「あら、4時や」
気がつくと、夏の日差しも少し柔らかくなっていた。
「そろそろ行かんとね」と淑江がタクシーの方に向かうと、「そうやね」と知子も続くが、まだ帰りたくない浩一は自然と足取りが遅くなる。
そんな気持ちを見透かした知子が、「一緒に山田温泉に行かへん?」と誘ってきた。
普通なら旅先で知り合っただけのおばさんたちと一緒に温泉旅館に行くなど考えられないことだが、浩一は気持ちが揺れていた。
しかし、先立つ物がない。
アルバイトで貯めたお金で出掛けた信州旅行だから、ユースホステルがやっと。
「でも」と口ごもると、「なんで?」と知子が体を擦り寄せてくる。
言いたくはないが、浩一は「そんなお金は持っていないから」と恥かしそうに打ち明けた。
だが、そんなことは、知子も淑江も織り込み済み。
美味しい「獲物」を逃がす筈がない。
「なんや、そんなことか。ええんよ、旅館代はうちらが持つから」と知子が、続いて、淑江に「そうや、合コンやと思えばよろしい」と畳み掛ける。
こうなれば、返事は一つしかない。
「じゃあ、行こうかな……」と顔を赤らめると、「そうや、そうこなくちゃ」と、知子が浩一の腕を取り、小走りにタクシーに向かった。
(続く)
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