雨宿り-第4話
作家名:城山アダムス
文字数:約3020文字(第4話)
公開日:2020年12月18日
管理番号:k070
ひろしの憧れの先生シリーズ第5弾 高校3年生のひろしは、憧れの香織先生と図書館の帰りに土砂降りに遭い、二人ともびしょ濡れに…。あわてて駆け込んだラブホテル・・・シャワーで体が温まった香織先生は、バスローブ姿で寝てしまった。ひろしは、香織先生のバスローブにそっと手を伸ばした。
香織先生は唐突に彼女はいるのかと聞いてきた。
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「つき合っている相手がいると、同じ大学か、お互いの近くの大学を受験しようとする生徒が多くて、そういうカップルに限ってなかなか志望校が決まらないの。だから、ひろし君もつき合っている彼女がいるんじゃないかと思ったの。」
「僕、彼女はいません。」
「そうなの。じゃあ、好きな人いるの?」
そういうと先生は悪戯っぽく笑った。
僕は、香織先生が好きだ。
でも、先生にそんなことは言えない。
「好きな人はいない。」
と言えば嘘になる。
僕がどう答えていいか迷っていると
「黙ってるってことは、好きな人がいるのね。」
先生は、そういうと、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んだ。
僕は顔が熱くなった。
「あら、赤くなって。可愛い。あなたくらいの年頃で、好きな人がいないわけないもんね。同じ鶴ヶ丘高校の生徒なの?」
「違います。」
「じゃあ、どこの高校かな?甲北高校?それとも学志館?」
先生は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、ずいぶんしつこく聞いてくる。
先生が僕に関心を示してくれていることが、少し嬉しかった。
一瞬、僕の先生に対する気持ちを打ち明けようかとも思ったが、今、打ち明けても本気で受け止めてくれないだろう。
それよりも、香織先生と矢野先生のことを知りたかった。
今の雰囲気なら、聞けそうな気がした。
「香織先生は、彼氏はいるんですか?」
僕は、思い切って話を切り出した。
さすがに、唐突に
「矢野先生とつき合っているのですか?」
とは聞けなかった。
香織先生は、急にまじめな表情になった。
その瞳は遠くを見つめていた。
「6年間付き合っていた人がいたんだけど、今年の3月に別れたの。」
「3月に別れた?どうしてですか?」
「彼は大学の先輩で、外資系の企業に勤めているんだけど、4月からシンガポールに異動になったの。異動が決まった時、私も一緒に行かないかと誘われたの。」
「つまりプロポーズされたんですね。」
「そうね。一緒にシンガポールに行こうっていう誘いは、実質的なプロポーズよね。」
「断ったんですか?」
「私も迷ったんだけど・・・今の国語教師の仕事を辞めたくなかったの。それに、学生の頃から源氏物語の研究を続けていて、今、その研究が面白くてたまらないの。彼には申し訳なかったんだけど・・」
「彼がシンガポールから帰って来るまで、待ってもいいじゃないですか?」
「彼の夢は、将来ニューヨークの本店に勤務することなの。私はずっと日本で国語の教師を続けたい。だから、彼と私とは人生設計が合わなかったのね。」
香織先生の目は、ずっと海の方を見つめていた。
別れた彼を思って、シンガポールを見ているのだろうか?
でも、先生の表情はサバサバしている。
彼に対する思いは吹っ切れているように感じられた。
では、矢野先生との関係はどうなのだろう。
「今は、彼氏はいないんですか?」
「今はいないわよ。」
香織先生は、さらりと答えた。
「本当に?」
僕が聞き返すと、先生はけげんそうな表情で
「本当よ。ひろし君。どうして?」
と答えた。
僕は、思い切って矢野先生のことを切り出した。
「7月初めの日曜日に、僕、この展望台で先生と矢野先生が一緒にいるのを見たんです。」
香織先生は、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに冷静な表情に戻り
「ああ、あの時のことね。」
そう言うと、にっこり笑いながら
「ひろし君。私と矢野先生がこの赤いベンチに座ってるの見てたのね。」
そして、先生はプッと吹き出した。
「その時、私と矢野先生、どんな感じに見えたの?」
先生はにやにやしている。
僕が
「恋人同士に見えました。」
と答えると、先生は、
「恋人同士に見えたの?いやだ。私と矢野先生、実はいとこなのよ。」
と言うなり、笑い出した。
「私たち、小さい時から兄妹のように育ったの。矢野先生は、私より二つ年上で、学校の外ではお兄ちゃんって呼んでるの。あの日は夜、矢野先生の家で親戚の集まりがあって、矢野先生が私を車で迎えに来てくれたの。」
「じゃあどうして城山に?」
僕が聞くと
「私、図書館で調べものした後、城山に登るのが日課なの。あの日も歩いて城山に登りたかったんだけど、時間がなかったから矢野先生の車で登ったの。ここには5分くらいしかいなかったのよ。」
僕は目をぱちくりさせていた。
「香織先生と矢野先生がいとこだったなんて、知らなかったなあ。」
「学校の先生たちはみんな知ってるんだけど、生徒にはいとこ同士ということは言わないようにしているの。生徒に知られると、いろいろ面倒でしょう。」
「そんなことないですよ。もっと早く知りたかったなあ。」
僕はそういうと立ち上がった。
万歳をして飛び上がりたい気持ちだった。
香織先生と矢野先生がいとこ同士だと知って、急に胸のつかえが取れたような気がした。
二人の関係をもっと早く知っていれば、こんなに悩むこともなかったのに・・・・・
「もっと早く知りたかったって、どういうこと?」
香織先生は少し不思議そうな顔をした。
「別に深い意味はないです。気にしないでください。」
僕が満面の笑顔でそう答えると、先生は僕の顔をじっと見つめた。
「ひろし君。急に明るくなったわね。私と矢野先生がいとこだっていうことが、そんなに嬉しいの?」
「嬉しいです。めっちゃうれしい。」
僕の心は弾んでいた。
三回ほど万歳した。
「おかしな子ね。ひろし君?」
先生は、あきれたような表情で僕の顔を見つめていた。
その時だ。
展望台にポツンポツンと雨が落ちてきた。
空を見上げると黒い雨雲が覆っている。
今にも夕立が来そうだ。
展望台には建物がなく、城山を下りないと雨宿りする場所がない。
「ひろし君、急いで下りましょう。」
香織先生は僕の手を握った。
二人で急いで登山道に向かった。
雨足が強くなった。
登山道を下りながら、香織先生を見ると、先生の髪が濡れている。
僕は、ポケットからハンカチを取り出し、広げて先生の髪の上に被せた。
先生は、僕のハンカチを手で押さえながら
「ありがとう。ひろし君。ひろし君の髪も濡れてるよ。」
というと、先生もハンカチを取り出し、僕の頭の上に置いた。
僕と先生は顔を見合わせて、にっこり笑った。
雨が激しくなってきた。
登山道の脇に降った雨水が、登山道に流れ込む。
とうとう土砂降りになってしまった。
僕も先生も服が濡れていた。
どれくらい濡れているのか確かめる余裕もなかった。
僕は先生の手を握って、必死で登山道をかけ下りた。
図書館の裏側までやっとたどり着き、非常階段の下に駆け込んだ。
香織先生を見ると、頭の上に置いたハンカチはびっしょり濡れ、濡れた髪の先からブラウスの背中に雫が落ちていた。
僕は、ハンカチに含まれた雨水を手で絞り、先生の髪を拭いた。
「ありがとう。ひろし君。優しいのね。」
突然、ピカッと鋭い稲光。
その直後に耳をつんざくような雷鳴が響いた。
「キャッ」
香織先生は、いきなり僕に抱き着いてきた。
僕もとっさに香織先生を抱きしめた。
香織先生の身体は細く、華奢で強く抱きしめると折れてしまいそうだ。
「ピカッ」
再び鋭い稲光の直後、地面を揺らすほどの雷鳴が響いた。
先生が僕の背中に回した腕に力がこもった。
僕も先生を強く抱いた。
先生の背中を見ると、ブラウスがびっしょり濡れて、身体にぴったりへばり付き、白いブラジャーの線がくっきり浮き出ている。
スカートも水を浴びたように濡れ、裾から雫がしたたり落ちている。
先生は寒いのか、それとも雷が怖いのか、ぶるぶる震えている。
(続く)
※本サイト内の全てのページの画像および文章の無断複製・無断転載・無断引用などは固くお断りします。
メインカテゴリーから選ぶ