雨宿り-第3話
作家名:城山アダムス
文字数:約3060文字(第3話)
公開日:2020年12月11日
管理番号:k070
ひろしの憧れの先生シリーズ第5弾 高校3年生のひろしは、憧れの香織先生と図書館の帰りに土砂降りに遭い、二人ともびしょ濡れに…。あわてて駆け込んだラブホテル・・・シャワーで体が温まった香織先生は、バスローブ姿で寝てしまった。ひろしは、香織先生のバスローブにそっと手を伸ばした。
僕はそれからずっと、香織先生と矢野先生のことが頭から離れず、勉強が手につかなくなってしまった。
それまでは、香織先生の授業を楽しみにしていたのに、古典の授業で香織先生の顔を見るのがつらかった。
香織先生は、時々僕のことを心配して、授業が終わった後、声をかけてくれた。
「ひろし君。やっぱり元気ないわね。何か心配事でもあるの?」
「大丈夫です。先生。」
僕は、香織先生が声をかけてくれた時、いつも必死に笑顔を繕って言葉を返した。
先生に心配をかけたくないという気持ちより、これ以上香織先生と関わりを持ちたくなかったのだ。
1学期が終わり、いよいよ夏期講習が始まる。
1学期の終業式と夏期講習の間、6日間学校は休みになる。
僕は、休みの間、毎日、県立図書館の自習室に通った。
香織先生と矢野先生のことが気になって、家に居ても心が落ち着かなかった。
そして、県立図書館に行けば、香織先生の姿を見ることができるんじゃないかという期待もあった。
学校以外で僕は今までに香織先生と偶然2回会ったことがある。
偶然にも2回とも県立図書館だったのだ。
香織先生とこれ以上関わりたくないという気持ちもあったが、香織先生への想いは、日を追うごとに募り、先生の姿を一目見たいという気持ちに駆られて、県立図書館に足が向いてしまうのだ。
休みの5日目の夕方、僕の期待が見事に当たり、県立図書館の出口で香織先生とばったり出会ったのだ。
香織先生は僕の姿を見つけると、にっこり笑って駆け寄ってきた。
「ひろし君。こんなところで会うなんて。今まで自習室で勉強していたの?」
「はい。今、勉強が一段落したところです。」
僕は自習室に5時間ほどいたが、香織先生のことばかり考えてまったく勉強に手がついていなかった。
でも、香織先生にそんなことが言えるわけがない。
「私も、資料室で調べものして、今終わったところなの。」
「この図書館でよく調べものするんですか?」
「私、源氏物語の研究してて、その資料がこの図書館にはいっぱいあるの。だから休みの日にはよく来るのよ。」
「僕も休みの日には毎日この図書館に来ています。」
「ひろし君。これから城山まで散歩に行くんだけど、一緒に行かない?」
僕は、香織先生が城山まで誘ってくれたことが嬉しかった。
でも、城山は香織先生と矢野先生がデートしていた場所だ。
一瞬迷ったが、香織先生と二人っきりになれるんだったら・・・
「僕も城山に行きます。」
僕と香織先生は図書館の横の登山道の入り口に向かった。
「先生は、よく城山まで散歩に行くんですか?」
「城山の展望台、とても景色がいいでしょう。私、展望台から景色を眺めていると、とっても気持ちが落ち着くの。だから、図書館で調べものした後、よく散歩するのよ。」
登山道の入り口にさしかかった。
ここからは、展望台までは砂利道で、急な坂が続く。
香織先生は、手にバッグを持っていた。
たくさんの資料が詰まっていて、とても重そうだ。
「先生。そのバッグ持ちましょうか?」
僕がそう言うと、
「大丈夫?重いよ。」
先生は、申し訳なさそうにバッグを僕に手渡した。
「大丈夫ですよ。これくらい軽いもんです。」
僕は、にっこり笑って先生からバッグを受け取った。
想像以上に重く、ずしりと肩に響いた。
「ひろし君。優しいのね。」
香織先生はそう言うと、黙って僕の手を握った。
僕は一瞬戸惑った。
香織先生が僕の手を握ってくるのは3回目だ。
過去の2回は僕のことを心配して、優しく手を握ってくれたのだと思う。
でも、今度は、先生はどんな意図で僕の手を握ったのだろう。
「坂道が険しいので、僕に手を引いてもらいたいのだろうか?それとも他に意図があるのだろうか?ひょっとしたら…」
僕は、また微かな期待を抱いた。
しかし、その期待をすぐに打ち消した。
これまで、何回も僕の淡い期待は裏切られている。
でも、こんな山道で、僕と香織先生は手を繋いで歩いている。
展望台の方からも時々人が下りてくる。
その人たちには、手を繋いでいる僕と先生はどのように見えるのだろう。
恋人同士に見えるかもしれない。
でも、香織先生の恋人にしては僕はあまりにも幼な過ぎる。
様々な思いが、頭の中を駆け巡り、先生と手を繋いで歩いていることに戸惑いを覚えた。
「ひろし君。」
先生が僕の名前を呼んだ。
「さっきから黙ってるけど、何か考え事でもしてるの?」
「いえ、別に。」
「私の荷物重いでしょう。」
「大丈夫です。」
「それじゃあ、私が手を引いてあげるね。」
先生は、僕の手を引きながら、僕の少し先を登っていく。
僕は、先生に手を引かれている。
「先生は僕の手を引くために手を繋いだんだ。」
やっぱり淡い期待が裏切られたようだ。
先生の手が少し汗ばんでいる。
夕方といっても、今7月だ。
一年で一番暑い時期だ。
先生は手を離そうとしない。
登山道を登り始めてから5分ほど過ぎた。
だんだん道が険しくなる。
先生も僕も息が上がってしまい、無言で登っていた。
でも、手はしっかり繋いでいた。
登り始めて20分ほどで、やっと登山道を登り終え、展望台の駐車場に着いた。
駐車場からも目の前に市街地、その先の錦織湾が一望できる。
「いい景色ねえ。」
先生はそう言うと、僕の手を引きながら小走りに展望台に向かっていった。
展望台に着くと、先生は手を離した。
「ひろし君。ほら、図書館が下に見えるよ。私たちあそこから登ってきたのね。」
展望台からすぐ下を見下ろすと、図書館が見えた。
展望台は、標高200メートルくらいであるが、図書館はずいぶん下に見える。
「ひろし君。ほら、あそこが中央駅。そのちょっと西の方に私たちの鶴ヶ丘高校が見えるよ。」
先生は、鶴ヶ丘高校を指さした。
図書館から3キロほど離れているだろうか?
4階建ての校舎の一部が小さく見える。
「山道登って疲れたね。そこの赤いベンチで休憩しましょう。」
先生が指さした赤いベンチは、先生と矢野先生が座っていたベンチだ。
僕は、少し戸惑いを感じながらも、先生と並んでベンチに座った。
展望台という高台にいるためか、夕暮れ時の涼しい風が顔に心地よい。
香織先生は僕の風上に座っているので、時折先生の香水の匂いが流れてくる。
その匂いにうっとりしていると
「いい風ねえ。」
と先生がつぶやいた。
僕も
「風が涼しくて、とっても気持ちいいです。」
そう答えると、先生は僕のほうに少し体を寄せてきた。
僕の胸が少し踊った。
「ああ、ずっとここで、この気持ちいい風にあたっていたいわ。ねえ。ひろし君?」
先生はそう言うと、僕の目を見て微笑んだ。
僕も先生に微笑み返した。
先生とずっとこの展望台に一緒にいたかった。
僕も先生のほうに少し体を寄せた。
すると、先生の表情が急に真剣になった。
「あさってから、いよいよ夏期講習が始まるわね。ひろし君。どこの大学目指しているの?」
香織先生は急に現実的な話を始めた。
僕は、先生から少し体を離した。
僕は東大が第一志望だ。
2年までの成績では合格圏外だったが、3年の4月から猛烈に勉強して学年のトップテンに入れば、東大も夢ではない。
しかし、7月に入って、香織先生と矢野先生のことが気になって、全く勉強していない。
このままでは、東大どころか、地方国立大も無理だろう。
香織先生に志望校を聞かれて、困ってしまった。
「一応、国立大学が第一志望です。」
僕は東大を希望しているとは、とても言えなかった。
「国立と言ってもいろいろあるでしょう。どこの国立大学を受けるかは、まだ決めてないの?」
「はい、まだ決めていません。」
「ひろし君。ひょっとして今、つき合っている彼女でもいるの?」
(続く)
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