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記憶の中の女達〜(10)初めての普通の女-第19話



作家名:淫夢
文字数:約3110文字(第19話)
公開日:2021年1月29日
管理番号:k057


この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。



挿絵の官能小説画像

フーテンの智子の部屋でロックの名盤を聴いて、ロック ミュージックの虜になった私は、LPレコードを買い漁った。

相変わらず週に2度くらいやって来るおばちゃんやおねえさんとはもうセックスする関係ではなくなっていたので、勿論彼女たちがお小遣いをくれる事はなくなっていたが、それまでに貰ったお金が貯まっていたので、一度に10枚も買ったりした。

“F”での時間潰しを止めて、オーナーの部屋で寝泊まりし、昼過ぎから“R”に行き、置いてあるレコードプレーヤーで片っ端からレコードを聴いた。

夕方、オーナーがやって来て、食事をご馳走して貰って、それから店を開ける、という生活に変わった。

当時は未だ有線放送などはなかったように記憶している。

あっても利用している店はほとんどなく、たいていプレーヤーでレコードを掛けていた。

レコードを聴くに連れて、ロックギターを弾きたいという願望が膨らんでいた。

ある日、オーナーから、「新しくアルバイトして貰う事になったから」と若い男性を紹介された。

何の事はない、良くマンションに連れて帰る恋人の一人だった。

「なあ、オヤジ。おれ、バイトしてギター買いたいんだ。ちょうど良いから、3カ月ほど店を休んで良いか?勿論バイト代は要らないから」

私は、それまでに想い詰めていた希望をオーナーに告げた。

“R”でのバイト代とおばちゃんやおねえさんに貰ったお金で買えたが、お金の出処が不純な気がしたのだ。

欲しかったのは、Jimi HendrixやJeff Beckが愛用しているフェンダーのストラトキャスターという最高級のギターだった。

反対されると想ったが、オーナーはあっさり了解してくれた。

さらに今まで通り、女の処に泊まらない夜はオーナーの部屋に帰って来いと言い、食事も今まで通り私が望めばご馳走してくれるという。

振り返ってみると、オーナーの私への接し方は、本当に無償の、父親のようであったと想う。


新聞広告で見つけた、朝日新聞の製造工場で採用され、1週間後から、水道橋にあった工場で働き始める。

6月の初め、これから夏本番であった。

仕事は、機械から束になって続々と出て来る新聞を1部ずつまとめて重ねて行く。

折り込みチラシをベルトコンベアーに掛けて行き、一日分を束ねて一部づつ新聞に挟み込む。

そんな簡単な作業で一週間も経てば一人前に出来るようになった。

同じ作業を担当していた昭恵とは新宿から水道橋まで朝晩同じ電車で通っていた。

私より3歳年上で、栃木出身だと話していた。

美人と言うほどではなかったが、化粧っ気がほとんどなく、純朴な感じで、また華奢で小柄で、私には新鮮であった。


6月末のある日。

その日は給料日だった。

月初から始めたバイトだったので一月分満額ではなかったが、“R”での、酒を呑みながらのアルバイトで、楽して稼いだのではなく、生まれて初めて、真に汗水流して稼いだお金だったのが誇らしかった。

私は、その日、仕事が終わって昭恵に断り、銀座の“Y”楽器店に行って前金を払い、ストラトキャスターを注文した。

アメリカから取り寄せるので、2か月程掛かると言われたが、その頃には全額払える程貯められるだろうと想った。

やっと、ロック ミュージックへの一歩を踏み出す事になった。


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「ねえ、焼肉食べに行こうか?」

その翌日の仕事帰り、新宿駅構内を出た処で、昭恵が私の腕に腕を絡ませて来た。

それまでも、通勤ラッシュの中を一緒に歩くのに、昭恵に腕を絡められた事は何度もあったが、彼女の態度はごく自然で、官能的なものではなかった。

それでも昭恵の乳房の、大きくはないが引き締まった感触に胸がときめいた。

「あ、昭恵さんと、ですか?」

私は、今度のバイト先では、プライベートのように、女性と対等でありたいとは考えず、年上の女性には、年下として振る舞っていた。

「何よ。私とでは厭なの?」

立ち止まって振り返った私を昭恵が悪戯っぽく睨んだ。

「いや、とんでもない」

「じゃあ、良いのね。私が奢ってあげる」

「ワリカンで」

「あなた、バイト代、満額じゃないでしょう?無理しないで良いわ。おねえさんがおごってあげる」

昭恵がすまし貌で微笑み、再び私の腕に腕を絡めた。

新宿3丁目の小さな焼肉店に入る。

「ここね、安くてわりと美味しいの」

恋人とでも来ていたのだろうか?

「良く来るんですか?」

「半年ほど前、ここの前を通り掛かった時、良い匂いがして、焼肉なんて何年も食べてないなぁって想って、匂いに釣られて飛び込んだの。それから月一で、お給料日だけ独りでね」

運ばれて来た冷えたビールで昭恵とグラスを合わせる。

「一杯食べようね」

二人で4人前くらい平らげ、ビールも5本呑んだ。

昭恵も酒は強い方なのか余り表情が変わらない。

「未だ大丈夫なら、少し飲みに行きませんか?安い処だから、今度はおれがおごります」

「うん、じゃあ、ご馳走になろうかな?」

昭恵と店を出る。

外は夜の帳が降りていたが、昼間の噎せ返るような暑さは未だ収まっていなかった。

昭恵が再び当たり前のように自然に腕を絡ませて来た。

“S”に行こうかとも考えたが、昭恵には、未だその時は私のプライベートを知られたくなかったし、蓉子を失った時、「私の部屋に来いよ。慰めてやるから」と言われたのに、それを断った恵さんの感情も気になった。

ゲイバーも昭恵にはそぐわない気がしたので、以前何度か行った事があった区役所通りの居酒屋に行った。

仕事場の先輩や上司の悪口、お互いの故郷の話で盛り上がり、あっという間に11時を過ぎた。

「あなた、何処に住んでるの?終電は?」

昭恵が腕時計を視ながら尋ねた。

「小田急線の柿生」

始発でセックス相手の部屋への朝帰りか、オーナーのマンションでの寝泊まりを常としている私は、終電の時間など一度も気にした事はなかった。

私は咄嗟に兄のアパートの所在を告げた。

「柿生?遠いじゃない。部屋にお風呂あるの?」

「ないです」

「今から帰っても銭湯なんてもう開いてないでしょう?」

「良いっすよ。風呂なんて」

「だめっ、埃塗れの汗塗れなんだから」

昭恵がお姉さん口調で私を軽く睨んだ。

「良いわ。私の部屋に泊めてあげる。銭湯も近いし」

「ええっ?昭恵さんの部屋ですか?」

「厭なの?」 今度は子供のように拗ねて頬を膨らませた。

「い、厭じゃないっすけど」

「ここから歩いて15分くらいの処。銭湯も間に合うし。帰ろう」

山手通りを大久保方面に歩く。

また昭恵が腕を大きく絡ませて来た。

大きくはないが張り詰めた乳房が、それまで以上に明確に私の腕を刺激する。

これから昭恵とセックスする事になりそうだ。

久し振りのセックスを期待して一気に股間が疼き始める。

いや、本当にただ泊めてくれるだけなのかも知れない。

自分の欲情を戒める。

昭恵の部屋は、ピンサロのおねえさんの部屋と同じように質素だった。

「急がないと銭湯閉まっちゃう」

昭恵が、私のを用意してくれるのだろう、小さなビニール袋に、自分が使っているであろうシャンプーとリンスの容器から小別けし、新しい石鹸を出して、新しいタオルと一緒に洗面器に入れる。

「お待たせ」

部屋の真ん中に所在なく突っ立っている私を急かした。

二人で洗面器を抱えて近くの銭湯に行く。

銭湯など久しぶりである。

普通の恋人同士は、こうして寝る前に、いや、寝る前のセックスをする前に、連れ立って銭湯に行くのだな、などと、初めて経験する事に、何故か心が弾んだ。

オヤジのマンションは勿論、ピンサロのおねえさんの部屋にも、蓉子の部屋にも浴室があった。

「あなた、痩せて華奢だから私のTシャツ着られるでしょう?ジーパンと下着と靴下は帰ったら洗うから。30分で出て来て」

夏だから洗っても明日の朝までには乾くだろうし、乾いてなくても着ているうちに乾くだろう。

しかしだ。



(続く)





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