家庭崩壊-2話
作家名:バロン椿
文字数:約2900文字(第2話)
公開日:2020年10月28日
管理番号:k063
吹き始めた夫婦間のすきま風。ふと見た夫のスマホに入っていた若い小娘からのメール。夫の不貞を知った妻は、あろうことか、自分の娘より年下のピアノ教室の教え子に手を出してしまった。そして、セックスに溺れる日々。その果てにあったのは家庭崩壊……
「へえ、分からないものね。あんなに仲良かったのに」
「ぶつかることはあったんだけど、こればかりは許せない」
「それで3年もセックスレスか」
「そう言うこと」
「いや、3年じゃない、これからもセックスレス?」
「まあ、仕方がないでしょう、こればっかりは」
「よく我慢出来るわね。疼くでしょう?」
「何を言ってるのよ」
「全くお固いんだから。達也さんだって風俗なんか行ってるんじゃないの?和子だけが我慢することないでしょう」
「私は何もセックスだけが全てじゃないから」
「いつまで女子学生やってるのよ。子供も産んで、あの味を覚えた女が我慢できるはずがない」
明美らしい言い方だが、疼くのは事実。
我慢できなくなる時もある。
そんな時はバイブで慰めている。
「第一、娘がいるんだから、無理よ」
「娘ね……それって言い訳じゃないの?」
図星だが、一家の主婦がそんなことしたとしたら、家庭はメチャメチャになってしまう。
「ねえ、いつまでも達也さんに操を立てておくつもりなの?」
「あ、いや……私だって」
「やっぱり欲しいんだ、ふふふ」
「しー、声が大きいわよ」
「大丈夫よ。こんな話、あははは」
明美はハイボールのグラスを片手に大きな声で笑うが、和子は周りに聞こえないかと冷や冷やだった。
《押し倒しちゃいなさい》
しかし、明美の冷やかしはこれでは終わらない。
彼女はハイボールをゴクンと飲み干すと、
「そうね……ほら、あの芳樹君、彼なんかいいじゃない」と言い出した。
彼女はいつも発表会を見てくれるので、和子が芳樹をお気に入りなことをよく知っていた。
ジョークとしてはいい線をいっている。
和子は「馬鹿ね。まだ子供よ」と笑い、ハイボールを飲み干したが、アルコールが入っているから、「もう高校生でしょう?十分じゃない」と明美は絡んでくる。
「あの子も和子のことが好きでしょう?」
「変なこと言わないでよ」
「あら、顔が赤いわよ」
「からかわないでよ」
「まあ、我慢しちゃって。私だったら、彼を押し倒してもしちゃうけどな」
「全く、明美は言うことも乱暴なんだから」
こういう話は程々にしないといけないが、ハイになっている明美は止まらない。
「いけないことだと思うから出来ないのよ。そんなことは忘れちゃえばいいのよ」
「ははは、冗談はよしてよ」
「冗談じゃないわよ。いい子でしょう、芳樹君は」
「それはそうだけど、こんなおばあちゃん、彼の方で嫌がるわよ」
「大丈夫よ、和子はまだまだきれいよ。彼、和子とだったら悦ぶわよ」
「そ、そうかしら?」
「はは〜ん、その気あるのかな?ふふふ」
「また、からかう」
「いいじゃない。和子だって嫌じゃないでしょう?」
「だけど、そんなことできる訳ないでしょう」
「世間体なんか気にしないの。誰も見てないんだから」
今まで、芳樹をそんなふうに考えたことはなかったが、ふと、彼と組み合っている姿を想像してみると、気がつかぬうちに、頬が熱くなっていた。
明美は鋭い。
夫のこともそうだが、和子のちょっとした表情の変化を見逃さない。
「あれ、赤くなってるわよ。やっぱり、その気があるんだ。それじゃあ、これが必要ね」
明美はハンドバッグから栄養ドリンクみたいな小瓶を取り出した。
「大丈夫よ、変な薬じゃない、ちゃんとお店で売っているものよ。我慢しないで、芳樹君が来る前に飲むのよ。そうすれば、自然に体が反応して天国に連れて行ってくれるから」
「いいわよ、そんなことしないから」
「我慢しない、我慢しない。効くわよ、これ」
和子はその瓶を押し返そうとしたが、明美は和子のハンドバッグにそれを数本押し込んでしまった。
「セックスレスなんて、女を棄てるようなものよ。私はいや。したいと思ったら使うのよ。私は今晩使うけどね」
「まあ、明美ったら、エッチね」
「ふふふ、私は我慢しないの」
「私だって我慢ばかりじゃないから、あら、いやだ、ふふふ」
明美の言葉に条件反射のように誘われて、余計な言葉が出てしまった。
「本当はその気あるんじゃない。いいことよ。分かった、セックスしようと思ったら彼が来る前に飲むのよ」
でも、自分にはそんな生き方はできない、その時は、そう思っていた。
第三章 夫の裏切り
《動かぬ証拠》
翌日、夫が出勤してから暫く経って、玄関の方でプルプルーンとスマホの呼び出し音が聞こえてきた。
(あら、忘れていっちゃったんだ……)
悪いとは思ったが、置き忘れたスマホを取り上げ、思い付いた暗証番号を入力すると、偶然にもヒットしてロックが解錠された。
浮かんだ着信表示には「みき」と出ている。
(まさか、浮気……)
鼓動は速くなり、指先が少し震える。
Lineを開けると、それを裏付けるものが表示された。
「昨日、タッチャン、最高!」
「へへ、みきちゃんとなら、何度でも!」
「浮気しちゃダメたから、奥さんともよ!」
「大丈夫。?妻だけED?だもん」
「ウッソー、本当?」
「ウチのやつとはダメ。何年もやってないよ」
和子は血の気が引いてくるのが分かった。
確かに夫婦生活はもう3年ない。
和子だって悶々とすることはあったが、だからといって浮気をしていい訳ではない。
(話し合えば、分かり合えると思っていたのに。何が?妻だけED?よ、勝手なこと言って……)
夫婦仲が冷え切ったのはちょっとした意見の違いから。
だから、いつかは昔のように戻れると思っていたが、こんなふうに裏切られるとは。
《お前では立たない!》
「ねえ、『みき』って誰よ?」
その夜、帰宅した夫に和子はスマホを突き付けた。
すると、夫は顔が青ざめたものの、「ごめん」と謝るどころか、唇を震わせ、「お、お前、勝手に俺のスマホを見たのか……」と睨みつけてきた。
(やっぱりそうなのね、そういうことなのね……)
朝から悶々としてきた和子は許せなかった。
「見られていけないことをしているから悪いんでしょう!」
と切れて、スマホを投げつけたから、収まりがつかなくなってしまった。
「バカ野郎!それが夫に対する態度か!」
「何を偉そうに。夫なら夫らしくしたらいいじゃない!」
「何を!」
「どうせ?妻だけED?なんでしょう。それで、今日もしてきたの?不潔ね。よく平気な顔をして家に帰ってこれるものね」
後は売り言葉に買い言葉。
人には聞かせられない醜い言い争いが続いたが、最後に夫が言った言葉は和子の胸にグサッと突き刺さった。
「ああ、そうだよ。みきはセックスしてて楽しいんだよ。お前みたいな女だと立つものも立たないよ。だから、?妻だけED?なんだよ」
夫は和子を冷たい目でちらりと見ると、そのまま家を出ていってしまった。
明美にも言ったが、一家の主婦が夫以外の男と寝たら、家庭は崩壊してしまう。
リスクを冒してまで、どうしてそんなことをするのか、今まで、和子は理解できなかった。
しかし、夫の裏切りが明らかになった以上、和子が浮気をしても誰が責めるのか、「世間体なんか気にしない。誰も見てないわよ」と言う明美の言葉が頭の中で鳴り響き始めた。
「いけないことだと思うから出来ないのよ。そんなことは忘れちゃえばいいのよ。飲めば、自然に体が反応して天国に連れて行ってくれる」
ハンドバッグの中にはあのドリンクが入っている。
和子の道徳心は揺らぎ始めていた。
(続く)
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