家庭崩壊-1話
作家名:バロン椿
文字数:約3010文字(第1話)
公開日:2020年10月27日
管理番号:k063
吹き始めた夫婦間のすきま風。ふと見た夫のスマホに入っていた若い小娘からのメール。夫の不貞を知った妻は、あろうことか、自分の娘より年下のピアノ教室の教え子に手を出してしまった。そして、セックスに溺れる日々。その果てにあったのは家庭崩壊……
第一章 冷え切った夫婦仲
《生き甲斐はピアノ》
「じゃあ、行ってくるから」
「はい」
上野(うえの)和子(かずこ)は43歳、5つ年上の夫の達也(たつや)とは、3年前、和子の母の看護の件でちょっとした意見の違いから、夫婦仲は冷え切ってしまった。
二人の間には19歳になる娘、香苗(かなえ)がいるが、両親の仲がうまくないことを知ってか、今年4月に親元から離れた北海道の大学に進学し、今は二人だけで暮らしているが、交わす言葉はこれだけだ。
夫は小さなメーカーだが営業部長として一生懸命に働いている。
それは感謝している。
しかし、母のことは今も許せない。
夫と気持ちが通わなくなった和子はピアノと向き合うことで、嫌なことを忘れようとしていた。
今日も自宅で開くピアノ教室には和子を慕って生徒が集まって来る。
「恵美子ちゃん、上手になったわね」
「えー、洋子は?」
「洋子ちゃんも上手よ」
「どっちが上手?」
恵美子ちゃんも洋子ちゃんも小学校5年生。
3年生の時から一緒にレッスンをしているが、技量に差が出てきたので、そろそろ個別に教えなくてはいけない。
「二人とも上手よ」
「先生、ちゃんと言ってよ。私と洋子ちゃん、どっちが上手?」
子供にはなかなかごまかしがきかず、困っている時、次にレッスンを受ける三村(みむら)芳樹(よしき)が入って来てくれた。
「ほらほら、そんなことを言って、先生を困らせたらダメだよ」
「あっ、芳樹兄ちゃん!」
洋子ちゃんは恵美子ちゃんに取られないようにと、芳樹の右腕にぶら下がる。
それを見て、恵美子ちゃんは「ずるい!」と、同じように左腕にぶら下がった。
こんな人気者の芳樹は「僕は恵美子ちゃんの4番と洋子ちゃんの3番が好きだな」とそつない。
「ありがとう」
「あ、いえ」
彼にはこれまで何度も助けてもらった。
大きいものは、3年前の夫との諍い、そして昨年の娘の進学問題。
細かいものを挙げたらきりがない。
落ち込んだりしていると、「先生、大丈夫?」と言ってくれる。
さりげないことだが、どれほど心が癒されたことか。
今日もそのことを伝えたかった。
「じゃあ、始めましょうか」
「はい」
彼との楽しい時間はこうして始まった。
《心を癒す時間》
彼は4月に高校に進学したばかり。
小学校入学前から和子のところに通っているが、「小さな芳樹ちゃん」は今は見上げる高さに背が伸びて「格好いい芳樹君」になっている。
「芳樹兄ちゃん、高校面白い?」
「面白いけど、ここが一番いいかな」
「やっぱりね」
おませな恵美子ちゃんがニヤッと笑った。
「先生、知ってた?芳樹兄ちゃんは先生が大好きなんだよ。発表会の写真、先生のとこだけ切り取って持っているんだよ」
「よせ!恵美子ちゃん、それは言っちゃダメだよ!」
芳樹は慌てるが、恵美子ちゃんは容赦してくれない。
「ほらね、顔が赤くなった」と冷やかし、洋子ちゃんも「本当だ。芳樹兄ちゃん、先生が好きなんだ、大好きなんだ!」と煽り立てた。
こうなると高校生も小学生にタジタジだ。
和子はニコニコ笑って、このやり取りを見ていたが、収まりそうにないので、
「先生も芳樹君が大好きよ。恵美子ちゃん、洋子ちゃん、いけない?」
と助け舟を出したが、恵美子ちゃんが「えっ!先生も芳樹兄ちゃんのことが好きなの?本当かな?」と突っ込んできた。
(全く、困った子なんだから……)
「本当よ、大好き」と和子は芳樹と腕を組んだが、今度は洋子ちゃんが、「本当かな……それなら証拠を見せてよ!」としつこい。
「何よ、証拠って?」
「チュウしてよ。本当に好きならチュウするでしょう」
こうなったら、仕方がない。
やって見せなくては、子供は納得しない。
「いいわよ。ほら、ほっぺに……」と和子が唇を尖らせると、芳樹は「いや、先生、ははは……」と逃げ腰だが、追いかけて、チュッ……
恵美子ちゃんと洋子ちゃんはそれをじっと見つめていた。
「これで分かったでしょう。さあさあ、恵美子ちゃんと洋子ちゃんはお帰りよ」
二人は「ほんとにチュウした……」と興奮気味に帰っていったが、芳樹も顔が赤くなっていた。
(サービスし過ぎたかしら……でも、お気に入りだからいいでしょう)
「やっと静かになったわ。……あれ、また背が伸びたんじゃない?」
「うん。2センチ伸びて177」
和子が背伸びしても目の高さにも届かない。
それに最近は男臭さと言うのか、夫とも違う全く違う匂いがする。
ますます男らしくなってきた。
「疲れたのか?」と声を掛けてくれた、かつての優しい夫はもういないのだ。
その代り、彼との個人レッスンが和子の心を癒してくれる。
「さあ、始めましょう」
「はい」
レッスン時間は和子の心持ち次第で長くなることも少なくなかった。
第二章 明美の生き方
《エネルギッシュな友》
「ねえ、和子、たまにはライブに来てよ。」
音大時代の同級生で親友の小林(こばやし)明美(あけみ)から電話があったのはゴールデンウィークが終わった5月中旬だった。
レッスンの無い夜は一人ぼっち。
断る理由などない。
「行く、行く。ねえ、どこ?」
「赤坂の『ブルーライト』よ」
「へえ、凄いわね」
「ふふふ、大したことは無いわよ。じゃあ、午後7時にね」
彼女は音大3年の頃からクラシック音楽に疑問を感じ、ジャズに生きがいを見出し、今もバンドのピアニスト兼ボーカルとして活躍している。
和子はいつもはスカート派だが、今夜はライブに相応しいようにと、Tシャツにジーンズ、それに薄手のジャンバーを羽織って、赤坂に出掛けた。
「いらっしゃいませ」
黒服のボーイがドアを開けてくれたが、そこはムーとした熱気に溢れていた。
ライブを聞きに来ているのは、様々な年齢層、それぞれがお気に入りのバンドに声援を送り、体でリズムを取りながら聞き入っている。
明美は20歳代の若いバンドマンたちを従えて登場した。
「明美!」
「姉貴!」
店のあちらこちらから男性客の声援が飛ぶ。
やや高級店なせいか、20代は殆どいないが、30代、40代の熱心な男性ファンがいるようだ。
和子は同い年だが、明美のエネルギッシュなアクションとセクシーな歌声、全身から発する色気に圧倒され、素晴らしいと思うと同時に、自分がなんて年を取ったのだろうと、ガッカリしてしまった。
《それでいいの?》
「明美、羨ましいな。」
ライブの後、明美に誘われ、近くのホテルのバーに飲みに行った。
「何を言っているのよ。そのジーンズ、似合ってる。今日の和子だったら、いつでも私のステージを譲るわ。昔から肌がきれいだし、なんと言っても清楚な感じ、私は羨ましかったし、今もそうよ。私なんか厚化粧で肌が荒れて、素顔なんか絶対に見せられないわよ」
「でも、エネルギッシュよね、明美は」
和子は本当に明美が羨ましかった。
「仕事だからよ。ライブが終われば、こうした静かなところで一息つかないと体が持たないわよ」
確かに明美は疲れているように見えた。
「後はお風呂に入って寝る、これね」
「まあ、そんなところ。でも、今日みたいに、最終日で明日が休み、なんて時は一晩中よ」
「えっ、一晩中?」
「ふふ、何を惚けているの。あれに決まっているでしょう。和子も旦那に抱かれているでしょう」
夫に対してはどうしても素直な感情を持てない。
何も真面目に返事をする必要が無いのに、和子の表情は曇り、口ごもってしまった。
「どうしたのよ、和子?」
「いえ、まあ、明美とは違う……」
「まさか、もうご無沙汰なの?」
打ち明けられるのは親友の明美だけ、和子は夫とのことを簡単に話した。
(続く)
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