女豹の如く2-4話
作家名:ステファニー
文字数:約3030文字(第4話)
公開日:2020年10月21日
管理番号:k062
貧困家庭で育ったひろみが、夜の街で成熟した大人の女として成長していく様子を描く。
「私さ、学校出てないんだよ」
ひろみはいけないことを聞いてしまった、と後悔した。
「いいんだ。もう過去のことだから。聞いて悪かった、なんて思わないで」
「すいません」
「いいよ。その代わり、私の言うことを驚かないで聞きな」
「はい」
アリサは学校という組織そのものに全く適合できない子だったという。
勉強や運動を始め学校教育に組み込まれた科目に得意なものはなく、その上、集団行動も苦手で強調性にも欠けていたためだ。
当然、鼻つまみ者となり、孤立していたのだが、中学生になると、そんなアリサに近づく連中が現れた。
いわゆる不良グループである。
ひとりぼっちだったアリサは彼らに飛びついてしまい、数々の悪事に手を染め、補導の常連となった。
そして中学三年生の時、許されない一線を遂に越えてしまった。
違法薬物を摂取したのだ。
アリサは逮捕され、少年院に収監された。
刑期を終え、ここへやって来たということだった。
「実家には戻れなかった。家族は駄目な私にいっつもあったかく接してくれてたんだ。それを裏切ったから」
ひろみは俯いた。
アリサの頑張りの背景の重さに感服するとともに、背負っている重圧の差を埋められるのか不安を感じたからだ。
「ひろみちゃんはどんなきっかけがあったの?」
面を上げて、ひろみは答えた。
「私は家が貧乏で、とにかく稼ぎたいんです。だから、頑張りたいです、絶対に」
ひろみはアリサの目をまっすぐに見た。
近づきたい、この人に。少しでも。
暑さが本格化した7月の中旬、ひろみは山下から呼び出された。
二作目の制作が決定したのだ。
撮影は7月下旬。
ロケ地は房総半島のリゾートホテル。
設定はハワイ旅行。
深夜1時に東京を出発し、現地には明け方に到着し、即撮影を開始するとのことだ。
作品はまだあどけなさを残す女子大生が、恋人とのハワイ旅行を通して大人のオンナへと変貌を遂げるという筋書きだ。
この主演をひろみが、主役と絡む恋人をヒカルが演じる。
出発の夜。
いつも通りに店での勤務を終えたひろみは、いちご企画の入る雑居ビルに向かった。
「おはよう、凛音さん」
黒いハイエースの前にいつものようにスーツ姿の山下がいた。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「よう、今回もよろしくな」
トランクに荷物を詰め込んでいた野見がひろみに気づき、声をかけてきた。
こちらも相変わらずジーパンにボタンシャツ、と4月に見た時と服装が変わらない。
うだるような暑さで、ショートパンツにノースリーブ、素足にサンダルといういでたちのひろみとは対照的だ。
「おはようございます、なんか夜中に言うのも変ですが」
背後から久しぶりに聞く愛しい声色が響いた。
ひろみはゆっくりと振り返る。
「わぁ、凛音さん、しばらく振りだね。なんだかちょっと見ない間に、随分と垢抜けちゃったなぁ」
暗がりで顔色が見えなくて良かった、とひろみは思った。
「おはようございます、ヒカルさん。今回もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。またご一緒できるなんて、なんか運命感じちゃうなぁ」
運命。
アリサによれば、山下はその女性に最も合う男優をあてがっているという。
ヒカルは、ひろみと相性が良いから選択された。
ただそれだけの間柄なのだ。
それでも…。
それでも、このときめきはなんだろう。
機械的に引き合わされたのではなく、必然として巡り会えたのだと、ひろみは信じたかった。
「久しぶりで盛り上がるのもわかるけど、あんまり時間がないから、早速だけど車に乗ってくれる?」
スライドドアを開き、山下が二人を乗るように促した。
すでに野見は運転席に乗り込んでいた。
一行を乗せた車は、定刻通りに新宿を発ち、房総半島へと向かった。
運転は野見が行い、山下は助手席に、ひろみとヒカルは後部に、それぞれ着いた。
到着次第、撮影に入るため、道中では寝ておくように、と山下は言ってきた。
それでもヒカルが隣にいる状態で、ひろみは舞い上がってしまい、眠るに寝付けなかった。
ヒカルはといえば、山下の指示通り、車が動くや否やすぐに寝入った。
ひろみはヒカルの寝顔を見つめた。
やはり、美しい。
髪色を金に変えたらしいが、それもまたヒカルの美を引き立てている。
この人は何をしている人なんだろうか?
どうしてこんなにカッコイイのに、テレビに出てないのだろうか?
何度、なぜを繰り返しただろうか。
ひろみは首都高湾岸線、東京ディズニーリゾートに差し掛かる辺りで瞼がくっついてしまった。
「お二人さん、起きて。着いたわよ」
まだ周囲は暗い午前4時、車は房総半島にある南欧風リゾートホテルに到着した。
「早速、準備に取り掛かりましょう。凛音さんは車内に残ってね。ヘアメイクするから」
ひろみは山下の声で目覚めた。
まだ寝ぼけ眼のままだったが、そのまま車内にいていいというので、少し救われた。
ウトウトしながら山下を待った。
トランクを開閉する音がした後、しばらくして山下が先ほどまでヒカルがいた席に乗り込んできた。
「お待たせしちゃってごめんなさいね、凛音さん。メイク、始めましょうか」
どうやら山下がヘアメイクも担当するらしい。
一体、山下とはどういう人物なのか。
この女への謎も深まるばかりだった。
山下はひろみの髪を梳かし始めた。
「凛音さん、しっかり約束を守ってるみたいね。髪の毛、すごく綺麗になってるもの」
ひろみは美容院でヘアマニキュアをかけ、艶出ししている。
少し触っただけで、山下はそれに気がついたようだ。
おさげにひろみの髪を結うと、作業はメイクに進んだ。
「お肌の状態もいいわ。きっちりお手入れしているようね」
山下はシート式のメイク落としでひろみの化粧を落としながらそう言った。
事実、ひろみは美容部員のカウンセリングを受けながら、ケア用品を揃えている。
それからというもの、ひろみの肌はトラブル知らずとなった。
カメラ映えするメイクに山下がひろみの顔を作り変えると、衣装が渡された。
「水着とワンピースよ。着替えたら撮影開始だから、心の準備もしておいてね」
それだけ言うと、山下は車から降りていった。
渡された衣装に着替えたひろみは、車内をあとにした。
まだ空はほとんど灰色であり、うっすらとピンクになりかけた頃だった。
「凛音さんの準備ができたようなので、今日の段取りを説明するわね。今日はこのホテルとそのプライベートビーチを貸し切ってます。ただし、それは夕方の4時まで。つまり今が朝4時だから12時間しかありません。だからスピーディーに行います。よろしくね」
まずはプライベートビーチでの撮影から始まった。
このシーンはひろみ一人が被写体となり、夕方に見立てた浜辺を散歩する設定だ。
レトロフラワー柄のロングワンピースを身にまとったひろみは、水際ではしゃぎながら、事前に渡されていた台本通りの台詞を口にする。
演技などお遊戯会でしか経験のないひろみは、大変不安があったが、山下からは別に完璧に覚えなくても構わないと言われている。
大筋さえ通っていれば、あとはなんとかするそうだ。
雲間に染まる色が茜になり、ひろみが波際を歩き回るシーンの撮影が始まった。
「ハワイの海って綺麗だね。また泳ぎたくなっちゃった」
「昼間、あんなに入ったのに、まだやるの?」
ヒカルは野見の隣、カメラサイドから声だけかけてくる。
「うん。もうひと泳ぎ、しちゃおう」
ひろみはワンピースをさっとまくり上げて、砂浜に脱ぎ捨てた。
オレンジの朝陽にひろみの白肌が照らされる。
金色の小さなビキニが、ひろみの美ボディを際立たせる。
(続く)
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