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記憶の中の女達〜(4)フーテン族の女-第7話



作家名:淫夢
文字数:約3120文字(第7話)
公開日:2020年10月29日
管理番号:k057


この作品は、過去、実際にセックスした数百人の女性の中の、記憶に残っている数十人の女性との出遭いとセックスと別れを描写。



挿絵の官能小説画像

“F”に入り浸りになると、上板橋のおねえさんの部屋に行くのは、彼女が店に来た時だけになった。

おばちゃんとおねえさんとの濃厚なセックスに食傷気味になっていたし、敦子のような女性との新たな遭遇を期待してでもあった。

おねえさんが「最近、独りでは来なくなったね?」と寂しそうに言ったので、“F”の話をして何度か誘ったが、一緒に来た事はなかった。

敦子とセックスしてから、20日ほど経った頃、“フーテン族”と呼ばれる類の女と相席になった。


“フーテン”とは恐らく、Bob Dylanの名曲“Like a rolling stone”を日本語に意訳して「風転」を文字ったのだろうが、アメリカで発生した“ヒッピー族”にあやかったものだっただろう。

「既存の社会に属せず、自由に生きる」と称していたようだが、実際の彼らの生態を知るにつけ、ただ、会社勤めや学校の授業、家族との暮らしに反抗してはみ出して(“ドロップ アウト”と言った)いるだけのようであった。

働いていない者は、学生運動に熱中している連中と同様、親元で暮らしていて、「食べる」「寝る」の心配がない者達だったが、生活するために日雇い人夫のような仕事をしている者も多かった。

長髪で、バンダナを巻き、カラフルなフラワー ファッション(“ヒッピー族”の間で流行した、大振りの花柄模様のブラウスなど)にジーンズ、ずた袋が彼らのファッションであった。

「自由に生きる」と主張する割には、ファッションが統一されてるな、と違和感を覚えた事もある。


そのフーテンスタイルの女性が、何故か私の席に座った。

「お邪魔しまーす」

平日の早朝で、未だ始発電車もなく、処々の席を始発待ちで仮眠している酔っ払いが占めていた。

他の席も空いてるだろう?

彼女は煙草に火を点けて煙をくゆらし、他の席に座って注文していたのか、すぐに運ばれて来たコーヒーを一口飲んでから話し掛けて来た。

「時々遭うね」

上板橋のおねえさんと同い年くらいの様だった。

ほとんどスッピンで、おばちゃんやおねえさんのように厚化粧ではないのが、新鮮だった。

彼女もやはり、身長はそんなに高くなく、やや小太りだったが、背中の中程まで伸ばしたストレートの髪とくっきりとした富士額が印象的だった。

その長い髪を片手で払う度に、同じ程の長さのコルクやビーズを繋いだロングネックレスが揺れる。

「そうだな。今日は、お仲間と一緒じゃないのか?」

彼女を見掛けるのは何時も、5、6人のグループだった。

「うん。皆、朝から山に行った」

「お前、一緒に行かないのか?」

「山は厭」

彼女がすかさず応えた。

「何で?」

「蛇が出るから。虫も嫌い」

彼女が子供のように口を尖がらせた。

「可愛いな」

私は煙草に火を点けながら笑った。

「あー、馬鹿にしてる」

膨れっ面があどけなかった。

「あんた、名前は?」

「吉田」

「私は智子」

「長髪にしてるけど、フーテンじゃないね。何か仕事してんの?」

そうか。

私が長髪だから、興味を抱いて同席したのか。

私の服装は、当時からワイシャツにジーンズ。

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これは今でも年中している自己流ファッションである。

と言うか、ファッションセンスがないと自認している私が、コーディネートに苦労しないで済むスタイルであった。

「ゲイバーでバイトしてる」

「ゲイバー?」

智子が首を傾げて眼を見開いた。

「やっぱなあ、皆、おんなじ反応するんだよな。でもおれホモじゃねえぞ」

「ほんと?」

「ほんとだよ。店の常連の女二人と交際ってる」

「あら、すごいわね?二人も?」

智子の眼が光った。

「じゃあ、上手なんだ?」

「上手かどうかなんて、他の男と比べた事ないから判んねえよ」

「ねえ、試してみたい。私は?だめ?」

彼女の眼の光が妖しさを湛えた。

“いきなりかよ。意外な展開だな”

「良いけど、がっかりしても知らねえぞ。お前、男いねえのか?」

「今はいない。半年もセックスしてないから飢えてんのよ」

“はっきり言う女だな”

彼女のグループには4人くらいの男性がいたはずだが、その中に恋人、セックスフレンドはいない訳だ。

「今から?何処で?」

「何処でも良い。私の部屋に来る?」

「良いぜ」

店内の大きな柱時計を見ると、始発が動き出す時間になっていた。

彼女と連れ立って中央線に乗り、荻窪で降りて、10分程歩く。

途中の自販機でビールを買おうとする彼女に、ポケットからくしゃくしゃの千円札を出してやる。

古い木造のアパートの一室に入る。

6畳くらいの何もない部屋に似つかわしくないステレオセットが目に付いた。

ベッドとテーブルと本棚、洋服ダンスで、畳が観えない。

本棚には小難しそうなタイトルやアルファベットのタイトルの分厚い本が並んでいた。

意外とインテリなんだな。

しかし、私は本に興味がない。

その一番下の棚に並んだ50枚くらいのLPが立ててあるのを、手にしてみる。

Beatles、Doors、Jefferson Airplane、Kinks、Jimi Hendrix、Cream。

好きなロックアーティストばかりだ。

何れも六〇年代のヒッピー ムーヴメント、フラワー ムーヴメントを牽引した偉大なロック アーティストであり、現在もそのメンバー達が世界のロック界をリードしている。


「どれでも好きなの掛けて」

当時、LPを50枚も買い揃えるなど、よほどの余裕がなければ出来なかった。

「お前、金持ちなんだな?なんか仕事してんのか?」

「働いてはいない。親が金持ちだから」

智子が自嘲気味に笑い、吐き捨てるように言った。

そうだろうな。

彼女から缶ビールを受け取ると、一口呑んで、“Woodstock”の三枚組からSly&the Family Stoneの“I want to take you higher ”を掛ける。


“Woodstock”とは1969年にアメリカの片田舎の農場で開催された3日間のロック フェスティヴァルで、その地名をタイトルにしたアルバムである。

当時の世界的に有名だったミュージシャンが一堂に介して演奏し、40万人を集めた伝説のライヴで、観衆の数が予定より膨れ上がり過ぎたのと、開催上の不手際でアクシデントが起こったり、地元住民が反対したりで、必ずしも完璧なイヴェントにはならなかったようだが、それでもロック史上、燦然と輝き、永遠に語り継がれるロック フェスティヴァルである。

これを皮切りに、世界各地で(後に日本でも)同様の野外ライヴ フェスティヴァルが行われるようになった。


「へえ、あんた、シブいね」

ベッドの上の、ステレオの中央に陣取って座ると、彼女が横に座った。

近所迷惑だと想って、ヴォリュームを控え目にしてたのに、彼女が上げた。

「良いのかよ」

「このアパート六部屋あるけど、皆仲間が住んでるの。コミューンみたいなもの。騒いでも近所迷惑にならないし、セックスしても、聴かれる心配もないわ」

そう言えば、アパートは田んぼと畑の中に一軒だけぽつんと立っていた。


“コミューン”。

共同生活体と解釈され、これもアメリカのヒッピー ブームに関連して起こった理想郷のような人間同士の関わり方である。

結局、学生運動と同様、時代が進むに連れて概念が枝分かれして尻すぼみになり、幻想のまま終わってしまった。

しかし、後年、開店したロック スペースの常連であった数人が、“コミューン”を築くと言って、沖縄方面に移住した。

その後の消息は耳にしていないが。


「バンドかなんか、やんないの?」

「ギターは子供の頃から自己流でやってたけど、本格的じゃない」

彼女とセックスするより、ロックを聴いている方が私にとっては大切だった。

「ロックやりなよ。ロックは良い」

彼女が缶ビールを一気に空けると、私を圧し倒そうとしなだれ掛かって来た。

“邪魔するなよ”

と言いたかったが、考えてみたら彼女とセックスする為に、ここに来たのだ。

それにLPは後でも聴けるし、彼女とセックスする仲になれば、日を改めてここに来て聴けば良い。

その為にも、智子の機嫌を損ねる訳には行かなかった。

打算的ではあったが、私も缶ビールを空にすると彼女を抱き寄せた。



(続く)





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