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君江と光男〜故郷に咲いた儚い恋-2話



作家名:バロン椿
文字数:約3160文字(第2話)
公開日:2020年9月8日
管理番号:k056


これは今から30年程前の話です。しかし、当事者が今もご存命なことから、登場人物の名前は仮名としております。ご了解下さい。



挿絵の官能小説画像


功を奏した応急手当

しかし、二人が本当に親しくなったのは偶然のことだった。

天候不順な6月、体調も崩しがちになる。

その日も午後4時過ぎ、「こんにちは、川田工芸です」と光男が玄関の引戸を開けたが、君江は出てこなかった。

それで、もう一度、「橘さん?」と声を掛けると、中から弱々しい声で、「お願い、助けて」と呼ぶ声が聞こえた。

驚いた光男が家に上がると、六畳間で君江が下腹部を押さえて蹲っていた。
額には脂汗が浮かび、顔は青白い。

その時、光男は、腹痛を起こした母が「あんた、ちょい」と父を呼んでいた時のことを思い出した。

父は「お腹が冷えたんや」と言って、母を布団に仰向けに寝かせると、服を緩めて、手のひらで下腹部を押し温め、10分もすると、母の顔に赤みが戻り、元気に起き上がっていた。

「無理せんと、しばらく横になっていなさい」と、お茶を飲む父は「手のひらで丹田を押さえて温めるのが一番や」と言っていた。

光男は布団代わりに座布団を並べて敷き、そこに君江を仰向けに寝かせた。

そして、スカートのジッパーを下げ、ウエスト周りを緩めると、そこから中に手を入れ、下腹部を触った。
パンパンに張っている。

母と同じだと思った光男は「ちょっとごめんなさい」とスカートを下げると、お臍の少し下、丹田のツボの位置を確かめ、そこを中心に手のひらを当て、左右に、上下にと押し温めた。

勿論、パンティには触れていたが、そんなことに気が回らない。
ただ、ただ、君江が元気になって欲しい、その気持ちだけで温めていた。

しばらくすると、お腹の張りが消え、それとともに君江の体から力が抜けていった。

そして、顔にも赤みが戻ってきた。

翌日、「こんにちは、川田工芸です」と訪ねていくと、「待っとんたんよ」と、いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

「大丈夫?」と聞くと、「うん、ありがと」とちょっと恥ずかしそうだったが、心配ない。

すっかり元気になっている。

おまけに、「ケーキ、あるんよ」とご褒美まで用意していてくれた。

仕事場代わりの六畳間で、君江とテーブルを囲み、「光ちゃん、好きなだけ食べてええよ」と勧められると、「へへ、大好きなんだ」と頬張り、君江も鼻の頭にもクリームがつく。

それを「クリームついてる」とからかうと、「え、どこ?分からへん」と顔を窓ガラスに映して探すが、「ははは、とってあげる」とティッシュで拭き取る。

「病気が取り持つ縁」と言っていいのか、二人は急速に親しくなっていった。

君江の秘密

7月、本格的に暑くなってきた。

「ご苦労さん」と君江は冷えたコーラを用意していた。

光男はそれを「汗かいちゃった」とTシャツの首の部分を摘まみながら、ゴクゴクと飲み干していたが、「洗うてあげるから、脱いで寄越しなはれ」と言われた。

「えっ、これ?」
「そう。それよ。染みができとる」

君江の前で上半身裸になるのは気が引けたが、「何を恥ずかしがっとるん。早う脱いで」と言われると、遠慮することはない。

「じゃあ、お願いします」と脱いだTシャツを渡すと、代わりに「体、冷えたらあかんよ」とバスタオルを貸してくれた。

脱水機にかけ、乾くまでの間、「うち、明日が誕生日なん」と君江が言った。

「いくつになるん?」
「嫌やわ、おなごに年を聞くなんて」

「え、でも、いいじゃない、教えてよ」
「39」
「うそ、若いよ、君江さんは」

光男の母親は41歳だが、君江と比べると、すっかりおばあさん。
だから、39歳と聞いて信じられなかった。


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翌日、光男は配達の途中、スーパーにバイクを停め、お小遣いでアイスクリームケーキを買った。

(へへへ、どんな顔をするかな……)
頬にあたる風が気持ちよく、バイクを走らせ君江のところへ。

「こんにちは、川田工芸です」

いつものように玄関の引き戸を開けたが、そこには男物の靴が、そして、「待っとんたんよ」との返事の代わりに、「や、やめて、お願い」、「うるさい!」と言い争う声に続き、「バチン」と叩く音、そして「痛っ……」という悲鳴のような声が聞こえてきた。

驚いた光男は声も出せず、その場に立ったままでいたが、しばらくして、君江が「ごめんね」と出てきたが、目には涙をいっぱい溜め、左の頬が赤く腫れていた。

光男は小声で、「どうしたの?」と訊ねたが、君江は「何でもあらへん」としか答えてくれなかった。

その代わりに「これ」と出来上がったものを光男に渡すと、「今日は堪忍して」と光男を押し出すようにして、玄関の引き戸と締めると鍵を掛けてしまった。

光男はかける言葉も見つからず、配達物も、せっかく買った誕生日プレゼントのアイスクリームケーキも渡せず、玄関の外に置いてきた。

一日置いて、君江を訪ねると、普段と変わらぬ笑顔だった。

しかし、光男は一昨日のことがあったので、そのまま帰ろうとしたが、「光ちゃん」と呼び止めた君江は光男の頬を両手で挟むと、「アイスクリーム、ありがと」とキスしてくれた。

ほんの1、2秒だが、光男にとって、それは紛れもないファーストキスだった。

君江にとって、光男はただの高校2年の男の子ではない。
内職を持ってきてくれる人?いや違う。

気さくに何でも話し合える友だち?そんなことだけじゃ、キスなんかしない。

したのは、生まれ故郷とはいえ、「出戻り」と言われ、肩身の狭い思いをしている自分に、何の偏見も無く接してくれる人だから、もっと、もっと親しくなりたくて……

一方、光男は君江がどうしようもなく好きになっていた。

相手は39、自分は17、22も年が違うが、そんなことはどうでもいい。とにかく好きになってしまった。

募る思い

夏休みになると、いつでも配達に行ける。
そうすれば君江に会える。

しかし、工場で支度が出来るのは午後3時だから、それまでは待たなくてはいけない。

「こんにちは、川田工芸です」

今日も玄関の引戸を開けると、君江が待ちかねていたかのように飛び出してくる。

そして、楽しいお茶の時間。
毎日が夢のようだった。

だが、夜中に目覚めると、「君江さんは僕のことを本当に好きなのか?」、「22も離れているだよ」と、あれこれ考えると、堪らなく不安になった。

旧盆を過ぎると、夏休みも残り少なくなる。

いつものように君江の家に行くと、「お話したいことがあるん」と彼女が六畳間で待っていた。

「何?」と聞くと、笑顔はなく、「ここに座って」と座布団を指差した。

そして、光男がそこに座ると「昨日、役所から通知が来たん。うち、正式に離婚したんよ」と一通の書類を座卓の上に置いた。「離婚受理」の文字が見える。

光男は驚いた。

とっくに離婚していたと思っていたのに、やっぱり、あの時は……君江の顔を見ると、「いろいろ揉めて、あん時も、亭主が来て、散々悪口を言うて、うちをぶった。そないなとこ、光ちゃんに見せたくなかったから、帰ってもろた」と、ちょっと目が潤んでいるように見えた。

しかし、「それも昔んこと。今日からは誰を好きになっても叱られへん」とふっ切れたようで笑顔が戻ってきた。

光男はほっとした。
あんな痛々しい君江さんは二度と見たくない。

せみの鳴き声が聞こえる。

アイスコーヒーは氷が溶けて温くなっていたが、気持ちがすっきりした光男はそれを一気に飲み干した。

君江も「光ちゃん、好きな人、おるん?」とそれをストローで吸いながら、恥ずかしそうに聞いてきたが、その様子はまるで10代の女の子のようだった。

「ぼ、僕は……」

光男は口ごもった。
「君江さんが好きだ」なんてとても言えない。

黙って下を向いていると、「うちはおるん、好きな人がおるんよ」と君江の声が聞こえた。

やはりそうか、そうなんだ……当たり前だ……

光男はがっくりと肩を落としたが、「光ちゃん」と君江が唇を近づけてきた。

「うちは光ちゃんが好きなんよ」

二度目のキス、それには君江からの思いがぎっしりと詰まっていた。




(続く)





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