シェアワイフ-第6話
作家名:雄馬
文字数:約3060文字(第6話)
公開日:2020年9月18日
管理番号:k054
●登場人物
森晴彦(もり はるひこ)二十七歳
山根温行(やまね はるゆき)二十七歳
森明美(もり あけみ)二十七歳
山根裕子(やまね ゆうこ)二十五歳
「うん。明美ちゃんじゃないが、裕子も飲むと多少積極的になる。だからあるいは・・・・・・。でもまぁ、あまり期待するな」
「ああ、別に出来なくても構わないよ。山根が色々言うから何だか変なことばかり考えてしまうんだ。俺はただ添い寝できるだけで嬉しいよ」
「そうだ、その意気だ。それはそうとキスはするなよ」
「どうして」
「暗くても顔を近づけるのは危険だ」
「でも、キスする時は目をつぶるだろう」
「お前はつぶるのか。何考えてるんだ、気持ち悪い」
「いや、女の方が」
「女だって、つぶらんだろう。つぶるにしたって、最初から目を閉じて待ち構えている奴はいない。そんなのはマンガやドラマの中だけの演出だ。付き合い始めたばかりのカップルならいざ知らず、人妻はそれほどロマンチストではないし、夫に気を使って芝居をしてくれるほど親切でもない。
もっとも愛想が尽きていれば、迫りくる夫のツラに耐えかねて目を閉じることは有り得る。明美ちゃんは目を閉じるのか」
「明美は――薄目を開けてるかな」
「本当か?瞼で煎餅が噛めるほど固く閉じているんだろう。昔の男を瞼に描いてやり過ごしているんじゃないのか」
「そんな事はない」
「いずれにしろ薄目が既に危ない。それが閉じたら万事休す」
「恐い事を言うなよ。そっちはどうなんだ。裕子ちゃんは目をつぶらないのか」
「つぶる」
「なんだ、つぶるのか。万事休してるな」
「いや、うちには特殊な事情があるんだ」
「嫌な予感がする」
「夫婦の事情だ。別に話す気はない」
「まぁ話せよ。何でも知っとく方が、不測の事態に対処し易い」
「それなら聞かしてやろう。森は目玉を舐められたことがあるか」
「あるわけないだろう」
「あるわけないことはない。目に入ったゴミを舐めて取るのを知らないか」
「届くわけないだろう」
「疲れる。人にやってもらうに決まってるだろう」
「ああ、そうか。でも、そんな気色の悪いこと、やってくれる人がいるか?やられるのも嫌だけど」
「親ならやるだろう。子供の頃やってもらったことないか」
「ないな。だけど親でも嫌だろう」
「嫌だってしょうがない。ゴミが入って痛いんだから。それに、そのままにしておけば眼球に傷がつく。だから暴れたって泣き叫んだって、押さえつけて瞼をひん剥いてベロベロしゃぶってやるんだ」
「嬉しそうだな。しかし目の中に入れても痛くない程カワイイって事があるけど、親父が目に入って来たら、さぞかし子供は痛いだろうな。可哀想に」
「可哀想でも仕方がない。傷がつくと困るから」
「その代わり、心に一生消えない傷が残るかもしれない。で、それがどうした」
「うむ。森は目を舐められると痛いと決めつけているが、実は痛くない」
「嘘つけ。俺は睫毛一本で国際法の単位を落としたんだ。ちくしょう睫毛め」
「それは睫毛のせいではないな。それに睫毛が痛いからといって舌も痛いことにはならん。瞬きの度に瞼で擦られているが少しも痛くないだろう」
「そりゃ当たり前だ。でも、ものもらいが出来たら痛いぞ。ちっちゃくプチっとふくれてるだけなのに」
「そうか?耐えられないほど痛いか」
「それほどでもないかな」
「そうだろう。わざわざ医者に診せたりしないだろう。あれは痛いんじゃない。異物感が不快なだけだ。その証拠に、治らなくてもすぐに慣れて気にならなくなる。睫毛だって取るからそのつど痛むんで、入れたままで慣らしてしまえば二度と痛まない」
「嫌だ、そんなの。でも卒業とどっち取るって言われたら考えるな」
「車やバイクの運転中、不意に何か入ってみろ。卒業どころか命に関わる。だから普段から砂でもまぶして鍛えておけば慌てなくてすむ」
「それこそ命に関わる。ところで一体何の話だ」
「お前が一々話の腰を折るから前に進まないんだ。黙って聞け。目玉はしゃぶられると痛いどころか気持ちいい。気持ちいいと言っても、目薬を注してスッキリするとか、マッサージして凝りがほぐれるとかいった類の健全な気持良さとは気持ちよさの種類が違う。マッサージで例えるなら、性感マッサージの後ろめたい気持ち良さだ。
不思議なエクスタシーが得られる。ただし黒目は駄目だ。いいのは白目だ。それも普段刺激をあまり受けない奥まった所が凄い。おお、話してるだけで立って来た」
「キショクの悪いデタラメを言うんじゃない。じゃあ何か、お前はお母さんに目玉を舐められて興奮したのか」
「それなら逆に聞くが、森は母親の乳の谷間で抜けるのか」
「う……。想像しただけで指先が冷たくなるほどのおぞましさ。なるほど相手次第ということはある。でも目玉をしゃぶられて気持ちいいなんて話は信じ難い。もっともウンコ食ったり、金玉に針刺したり、俺の理解を超えたマニアの世界があるのもまた事実。完全に否定してしまうことは出来ないが」
「そんなのと一緒にするな」
「それで裕子ちゃんに舐めさせているのか」
「それがなかなか難しい。怖いとか病気になるとか言ってやろうとしない。こないだ二人で散歩していて目にゴミが入ったから、シメタと思って舐めてくれって頼んだら、公園行って水道で洗えとぬかしやがった。そのうち水道の無い国に連れて行ってやる」
「馬鹿だな。でもいいじゃないか。潰れるのは山根の目玉だ。ベロベロ舐めてやればいいのに。何でかな」
「何を言うんだ。俺は裕子の夫だぞ。夫の目が悪くなったら困るだろう」
「お前の目は自業自得だ。でもやっぱり裕子ちゃんは優しいなあ、山根の事なんか心配して」
「当然だろう。しかし病気になると言ったって、そういう事も有り得るって程度の話だ。握手だって命に関わる病気を貰わないとも限らない。会ったこともない奴の性病を、札を介してうつされることもあるくらいだ。セックスしてないのにだぞ。全然気持ちいいことしてないのにだぞ。うつしたのは男かも知れないんだぞ。どこの馬の骨とも分からない男の性病を・・・・・・」
「わかったよ」
「とにかく気にし出したらキリがない」
「それにしたって、やらなくて済む事を、危険を冒して敢えてやる必要はないだろう」
「やるんだ!リスクを恐れるな。人生は賭けだ。一か八か目を瞑って、いや見開いて、飛び込んで初めて開ける道もある。それで裕子にも素晴らしさを教えてやろうとしたんだが」
「やめろ!山根の目は潰れていいけど、裕子ちゃんの目がどうかなったら、どうしてくれるんだ。まさか本当に舐めたんじゃないだろうな」
「いや、駄目だった。何度かトライしたんだが、頑なに拒んだ。瞼に吸い付いて舌で抉じ開けてべろべろ舐めてやろうとしたら、両手で顔を覆ってイヤイヤをして逃げた」
「かわいく言うな。裕子ちゃんの死に物狂いの形相が目に浮かぶ」
「つまりそれが特殊事情だ」
「何の」
「裕子がキスのとき目をつぶる」
「その話か!長げぇな」
「誰のせいだ」
「しかし酷い話だ。キスのとき裕子ちゃんが目をつぶるのは、スキあらば目玉をしゃぶってやろうと夫が虎視眈々と狙っているからなのか。夜ごと瞼に吸い付いて離れないからなのか」
「俺は妖怪か」
「そうだ、お前は妖怪だ。化物だ。己の快楽の為なら妻の健康も顧みない、血も涙も無いケダモノだ。身勝手な奴とは思っていたけど、それ程とは知らなかった。貴様のようなヒトデナシとは絶交だ!」
「ほぅ、いつから」
「今すぐだ」
「なら裕子を抱かないんだな」
「ん、やっぱり明日から」
「森も立派なケダモノだ。しかし俺達が生まれついてのケダモノという訳ではない。裕子が森をケダモノに変えるのだ。明美ちゃんの乳が俺に人の道を外させるのだ。女どもが男の野生を呼び覚まさすのだ」
(続く)
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