出奔の果て-2話
作家名:バロン椿
文字数:約2830文字(第2話)
公開日:2020年7月9日
管理番号:k040
山の中の工房で陶芸作品作りに励む柳本とその弟子、川島建夫のところに、バツ一の山本佳代子が来たことから始まる微妙な人間関係等を描いた作品です。
柳本清三
柳本清三は子供の頃から絵や彫刻が好きで、中学、高校とずっと美術部に所属していた。
「柳本、お前はどうするんだ?」
3年生になると進路を決めなくてはいけないが、出来れば絵や彫刻など美術の道で行きたいとおもっていたが、大学進学には家庭の経済力を考えると諦めざるをえなかった。
かといって、会社勤めは、無口な柳本にとっては嫌だ。
そんな時、テレビで見た陶芸に興味を持ち、卒業と同時に、ある陶芸工房に弟子入りした。
しかし、学校の美術部とは違い、すぐには土に触らせてくれない。
「バカ野郎!何度言ったら分かるんだ。これじゃなくて、あっちだ」
師匠は細かいことを教えてくれる訳では無い。
「あれだ」、「これだ」と顎で指し示すだけで、間違えば、こんな罵声が飛んでくる。
土を捏ねても同じ。
何がいけないのか、あるいは気に入らないのか分からないが、「そうじゃねえだろう!」と竹の棒で鞭打ってくるから、弟子たちの手や足には、叩かれた跡が消えたことはなかった。
そのため、弟子入りしたものの、1年と続く者はごくわずか、1週間で辞めていく者も珍しくなかった。
柳本も「出ていけ!」、「辞めちまえ!」と何度言われたか分からない。
しかし、好きで入った道、師匠の罵声や竹の棒の痛みを辛いと思ったことは一度もなかった。
それよりも、美しいものを作るために、どんな土がいいのか?捏ね方はどうすればいいのか?乾燥は?火入れは?上薬は?と師匠の考え、やり方をじっと観察し、自分でやってみて、その出来栄えを確かめることが楽しくて仕方がなかった。
そんな月日が1年、2年と経過し、5年が過ぎた頃には、工房に残っていた弟子は柳本だけになっていた。
すると不思議なものだ。
見込みがあると認めてくれたのか、師匠は罵声の代わりに、「あの山の西側の土がいいぞ」、「ここで温度を上げるともっと渋い色が出る」など、それまで決して語らなかった奥義を教えてくれるようになった。
柳本も師匠の全てを吸収しようと、一心に陶芸に打ち込み、弟子入りして10年、28歳の頃から、「いい作品ですな」と美術商から声を掛けられるようになった。
そして、師匠の許しを得て、独立し、「工房 柳本」を設けた。
同時に嫁をもらい、1年後には娘が生まれた。
30代になると、「気鋭の陶芸家」とマスコミにも取り上げられ、全てが順風満帆の人生を歩み始めていた。
たが、「好事魔多し」の言葉通り、美術商と称する闇の紳士が近づいてきた。
丁度、彼にも奢りが出てきた頃で、「いい作品を作って下さい」と資金援助の甘い言葉から始まり、「先生の作品なら失敗作なんかありませんよ」と、本来ならその場で打ち壊すような物まで勝手な名前を付けて売りさばき、あちらこちらでトラブルが起きてしまった。
こうなると、世の中は手のひらを返したように冷たくなる。
「気鋭の陶芸家の呆れた実態!」、「出来損ないまで売り付ける男」、「えせ陶芸家」等、マスコミのパッシングに堪えきれず、妻子は去り、闇の紳士も姿を消し、残ったのは多額の借金だけ。
それを自宅や金目の物を全て売り払って借金を返したが、40歳を前に美術界から追放された。
行き場を失った彼は一人山に籠り、炭焼き等をしてひっそりと暮らしていた。
だが、捨てる神あれば拾う神ありである。
彼の才能を惜しむ者もいて、「もう皆に迷惑を掛けたくない」と固辞する柳本を「もう一度、陶芸に戻ってこい」と説き伏せ、炭焼き小屋の隣に小さな工房と窯を設けてくれた。
建夫が柳本のところに連れて来られたのは、まさに、この頃、建夫が16歳、柳本は45歳の時だった。
山本佳代子
柳本と建夫の二人だけで暮らしていたところに山本佳代子が来たのは2年前のことだった。
「柳本さん、あなたもまだ47だ。嫁をもらえとは言わないが、何かと不自由でしょう」
「いや、そんなことは」
「まあ、そう言わないで。飯の仕度だって、洗濯だって、あの小僧だけでは、陶芸に専念できないでしょう。家政婦だと思って、気楽に暮らしたらいいじゃないですか」
支援者はこう言って佳代子を連れてきた。
当時、40歳。
夫の暴力から逃れ、実家の蕎麦屋を手伝っていたのだが、年格好がちょうどいいと、引き合わされたのだ。
「山本佳代子といいます。どうぞよろしくお願い致します」
「柳本です」
挨拶はこれだけだった。
柳本は元々無口で、陶芸しか知らない男。
愛想よく振る舞うことなどできない。
それにトラブルがもとで逃げ出した妻と娘には惨めな思いをさせてしまったと、心に引っ掛かるものがあり、支援者の紹介とはいえ、他の女を家に入れることは嫌だった。
「人には添うてみよ」という言葉があるが、1ケ月、2ケ月と一緒に暮らしてみても、柳本の態度は変わらなかった。
「建夫君はいくつ?」
「18」
「親方が怖いの?」
「なんで?」
「だって、怒鳴られたって、殴られたって、黙っているじゃない」
「………」
「何か言い返したっていいじゃない」
柳本と二人だけの時は、師匠と弟子だから、そんなこと、考えたこともなかった。
だが、こうして、毎日のように、佳代子からこんなことを言われ続けると、師匠が間違っているように思えてきた。
「建夫君はどうしてこんなところにいるの?」
「行くとこないから」
「ウソでしょう? いい男なんだから、女の子のところに行けばいいじゃない?」
「そんなのいないよ」
佳代子にからかわれ、建夫は口を尖らせて言い返した。
「おばさんも同じじゃないか。好きな男の人のところに行けばいいのに」
「あははは、ゴメン、ゴメン。私も建夫君と同じよ。行くとこないから」
実家に帰ればいいと思えるが、実家には兄嫁がいるので、佳代子には帰っても居場所が無い。
話は横道にそれたが、佳代子は矛先を再び柳本に変えた。
「ああ、全くケチなんだから。テレビでもあれば気が紛れるのに」
柳本は「雑音は要らない」とテレビは置いてなかった。
唯一ラジオだけは台風等の自然災害時に必要になるだろうと後援者が備えてくれたが、工房にあるから、柳本が仕事中は勝手に聞けない。
「二人で何処かに行こうか?」
「えっ、二人で」
「ははは、冗談よ。じゃあ、頑張ってね」
佳代子は笑いながら母屋に引き上げていった。
二人で何処かに行こうか……
佳代子には何でもない言葉だが、建夫にはそうではない。
不良仲間と縁を切って、人里離れた工房で一心不乱に修行に励む18歳の若者にとっては、心を乱すには十分だ。
佳代子は美人でも何でもない、中肉中背の普通の女だが、後ろ姿の揺れるお尻を見ていると、急にモヤモヤして、ペニスが硬くなってきた。
建夫は藪に駆け込み、ズボンとパンツを引き下ろした。
か、佳代子さん……
ペニスを扱く手の動きが早くなった。
足元の笹がガサガサと揺れる。
あ、あ、あああ……あっ!あっ!あっ!……
建夫が呻くと同時に、笹に白濁した液がバサッ、バサッ、バサッ……と飛び散った。
佳代子が来てから半年も経たないが、男所帯に女が入ればややこしいものになる。
まさに、その典型的なものだった。
(続く)
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