KY男と鈍感女の恋-第6話
作家名:くまあひる
文字数:約2610文字(第6話)
公開日:2020年6月13日
管理番号:k029
11
今日は午後からデートの約束で、市子のリクエストでドライブがてら海に来ている。
冬に近い時期で人はあまりいない。
浜辺を歩いていると腕を組んでいるカップルが先を歩いていた。
市子の視線がずっとそれを追っていた。
「ほら」と腕を出すと市子の顔がほころんだ。
この顔だ、俺のお姫様のはにかむこの顔は最高だ。
この顔を見るとどんな嫌なことでも忘れられる。
少しして市子がくしゃみをした。
「寒いか?車に戻ろう」
「大丈夫です」というが顔は白くなっている。
車の後部座席に市子を乗せ自分も隣に座る。
「おいで、暖めてやるから」
市子を抱きしめ、その上から着ていたコートをかける。
さっきまで白かった顔があかくなっている。
しばらくして「暖まりました」と市子が体を離して顔を上げた。
「もうしばらくこうしていたい」
市子の髪にキスを降らしながら耳に触れると、肩をすくめる。
「くすぐったいです」と苦情をいう顔も文句なしにかわいい。
抱きしめたまま市子を堪能していると
「要さん、晩御飯は何がいいですか?」と市子に聞かれた。
「うーん、寒いから温まるものがいいかな」
「シチューお好きですか」
「うん、でもここ何年も食べてないな」
「あの、昨日作ったシチューがあるので、一緒に食べませんか」
「ホント?じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になるよ」
よかった、晩御飯も市子と一緒にいられる。
そんなことでもうれしくてたまらない俺は、すでに市子中毒なのだろう。
市子の部屋に入るのは熱を出したとき以来だ。
市子がキッチンに消えてすぐにシチューのいい香りが漂い始めた。
ローテーブルにシチューとサラダとフランスパンが並んだ。
一人でニタついていると市子が不安そうな顔でこちらを見ている。
「おいしいよ」
「ホント?よかったぁ」とうれしそうに笑う彼女を見て、夢にまで見た幸せを感じる。
「クリスマス、欲しいものある?」
「ありません」
即答かよ・・・
「要さんは?」
「お前にないって言われたら言えないだろ」
「言ってください」
「市子が答えるのが先だ、考えといてくれ」
と自分で言っておきながら、俺は指輪と決めている。
“花井市子には男がいる”と害虫に知らしめるために。
そして、市子が俺の贈った指輪をつけているのを毎日見たい。
がっ!週明けに出勤してきた市子の薬指にはシンプルなリングが・・・。
「課長、もう指輪ですか?早いですねぇー」と野村が笑っていた。
違う!俺はクリスマスにプレゼントするつもりだったのに。
なぜ、すでに市子の指にわっかがついているんだ!?
俺は頭を抱えたまま悶々と一週間過ごすことになってしまった。
前回変な聞き方をして、市子を傷つけてしまったこともあり、
どう切り出したらいいのかわからない。
週末、トボトボ歩いて帰っていると、青山が声をかけてきた。
「課長、今帰りですか?」
「ああ」
「どうしたんです?まだ調子悪いんすか?」
「いや、そうじゃない」
「まさか、花井さんと喧嘩したんですか?」
「いや、違う」
「そうでしょうねぇ、課長がプレゼントした指輪、効果絶大ですもん。
ヤローどもがショック受けてましたから。
今だから言いますけど、花井さん最近誘われまくりでしたからね、課長?」
「ん?ああ、お前はデートじゃないのか?」
「これから元井さんトコとWデートですけど、課長も一緒にメシどうですか?」
「Wデートだろ、そんな野暮なことはしない・・・」
「課長、またなんか抱えてますね」
「・・・・」
結局Wデートに乱入したのは、この不安を誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。
「あれ?市子は?」
「今日は一緒じゃないんだ」
そういうと4人が一斉に沈黙した。
「課長、何があったんです?市子病の課長が週末一緒にいないなんて」
「喧嘩ですか?でも市子はすごく上機嫌でしたよ」
「指輪贈るくらいだから、絶好調なんでしょ」
「・・・あの指輪は俺が贈ったものじゃないんだ」
「は?じゃ誰からのですか?」
「わからないんだ」
「市子に聞かなかったんですか?」
「ああ」
「は?何でですか?自分の彼女の指に正体不明の指輪がついてるんですよ。
そこは確認すべきでしょう」
江口は俺を責めるように言い放つ。
「しかしだな、この前のこともあるし、なかなか言い出せなくて」
「課長、失礼を承知で申し上げます。
アンタ、バカなの?課長は市子のオトコでしょうが!課長には聞く権利あるんですよ」
「でも、もし他のオトコからのプレゼントと言われたら・・・情けないけど怖いんだ」
「課長は市子がそんなオンナだと思いますか?
課長がいるのに他のオトコからのプレゼントを身に着けるようなオンナだと?
あの子は超鈍くて、自覚症状ゼロで、マイペースで、全く自分がわかってないコ
ですけど、そういう無神経なコではありません!
それは課長が一番よくご存じなのでは?」
「ああ、でも考えつかないんだ、指輪の入手先が」
「そうですね、あの花井さんが他の男からのプレゼント受け取ったなんて話
聞かないですよ」
「案外自分で買ったとか?」
「バカ言うな、大人の女が自分で指輪なんて買うか?しかも薬指だぞ!
その役は俺のモンなのに」
野村と江口を見ると二人はなんとなく察しがついているような顔をしているのは
気のせいか?
「課長、とにかく本人に直接聞くのが一番ですよ。今から会いに行ったらどうです?
モヤモヤして過ごすよりすっきりさせたほうがいいですって!」
4人に背中を押され店を出る。
市子のケータイを鳴らすと「要さん?」といつもの優しい声にほっとする。
「今から行ってもいいか?」
「はい」という市子の声が少し嬉しそうに聞こえたのは俺の欲目かもしれない。
これから確かめなければならないことの憂鬱さと、市子に会えるうれしさと
複雑な感情に揺れながら足が速くなっていった。
「ねぇねぇ、あの指輪絶対に自分で買ったんだよ…」
「私もそう思う」
「でも、何でだよ。課長に頼んだらすぐにでも買ってくれそうじゃん。
花井さんが欲しいと言ったら、即結婚指輪まで買いそうな気がする」
「そこが市子なのよ、あの子のことだから課長にプレゼントしてもらおうなんて
これっぽっちも思いつかないはず。でも、何らかの理由で指輪が必要になって
自分で買ったのよ」
「でも、その理由って?」
「それが分かればねぇ・・・わからないのが市子なのよね」
「でもさ、課長と花井さんて、ある意味お似合いで、ある意味絶望的なんじゃ?」
「常に冷静沈着な課長があそこまで市子にやられているなんてねぇ」
「あ、そういえばさ、課長の噂聞いた?」
(続く)
※本サイト内の全てのページの画像および文章の無断複製・無断転載・無断引用などは固くお断りします。
メインカテゴリーから選ぶ