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KY男と鈍感女の恋-第5話



作家名:くまあひる
文字数:約4700文字(第5話)
公開日:2020年6月11日
管理番号:k029


挿絵の官能小説画像

一時間ぐらい寝ていただろうか、寝室から出ると市子がソファでウトウトしていた。
当然か、昨日は俺にベッドを占領されて寝てないんだろうから。

市子を抱きかかえると、すぐに目を覚ました。
「こら、暴れるな。何もしないからこっちで一緒に寝よう」

ベッドに降ろすと恥ずかしそうにこちらを見る。
病み上がりでなければ、間違いなく飛びかかっていたと思う。

不本意だが下半身に意識が集中する。
いや、まだその時ではない、市子に恋愛の楽しさを教えてからだ。

思いっきりかわいがって、甘やかして、わがまま聞いてやって
俺以外の男なんて考えられないようにするんだ。

市子の頬に軽くキスをすると、肩をすくめる。
「課長、私といて休めますか?」

「市子がいないと休めない」
「なんだか、課長の香りに酔いそうです」

「いやか?」
「いいえ、課長に包まれているみたいでドキドキします」

コラコラ、煽るんじゃない。
そんなことを言われたら我慢したくても出来なくなる。

すっかり、臨戦態勢に入った分身に気づかれないように背を向ける。
市子が俺の背中にそっと手を添えた。

やめてくれ。無知にも程がある。
そんなことされたら・・・・全然眠れない。


夕方まで横になっていたら、体もだいぶ回復した気がする。
そばにいた市子がいない。

慌てて部屋から出ると、市子が身支度を整えていた。
「帰るのか?」

「はい、課長もゆっくり休んでください」
市子に明日の予定は?そう聞こうとして言葉をのんだ。

束縛と思われるだろうか?

「じゃあ、失礼します。
 もし具合が悪くなったら、あ、課長の個人携帯教えてもらっていいですか?
 社用のしか知らなくて」

登録を済ませると市子はさっさと出ていこうとする。
「市子、家に着いたら連絡してくれ。それと“課長”はやめてほしい」

「えっと、何とお呼びしたら?」
「俺の名前は知っているだろ」

「でも・・・」
「要だ、市子。要と呼んでくれ」

「わかりました」
そう言ってあっさり部屋から出て行ってしまった。

キスもなくハグもなく、名残り惜しそうでもなく。
それに結局呼んでくれなかった。

昨日まで上司と部下だったからハードルは高いのか。
俺は心の中でずっと市子と呼んでいたから全く違和感はないんだが。

惚れた女には名前で呼んでもらいたい。
課長なんて皆が呼ぶ役職ではなく、家族や友人、近しい人間だけが

呼ぶことの許される名前で。


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15分くらいするとケータイが鳴った。
「無事帰ったか?」

「はい、ありがとうございます。あの・・・・」
「何だ?・・・」

「お、おやすみなさい、要さん」
電話はすでに切れていた。

市子が俺の名前を呼んだ。
今頃きっと顔を真っ赤にしているのが目に浮かぶ。

それを想像するだけでこちらの顔が赤くなる。

携帯を握りしめてベッドに入った俺は
少しだけ残っている市子の香りを楽しんだ。


日曜日、目が覚めて市子がそばにいないのがこんなに寂しいのかと自分でも
笑ってしまった。手に入れたら安心できると思っていたのに、
手に入れたら入れたで会いたくてたまらない。

そばにおいて自分のものだと自覚したい。


俺と市子の関係は公表すべきなのか。
することのメリットは、市子の害虫対策。

市子はもう俺の女だと知らしめることができる。
デメリット、市子が異動になる可能性が高い。

となると市子が他部署に行って目の届かないところで狙われるかもしれない。

市子特有の“社交辞令”でかわしてくれるだろうか。
・・・あの4人には口封じをしておこう。

10

月曜日、社食で昼食をとっていると携帯が短く震えた。
「昨日はゆっくり休めましたか?無理をせず早く全快してくださいね」

そんな短いメッセージでも動いていた口が止まってしまうほどうれしい。

画面をじーっと見つめていると、通りかかった野村が
「課長、分かりやす過ぎです」と苦笑いして通り過ぎていく。


機嫌よく自販機でコーヒーを買っていると、市子の声が聞こえてきた。
振り返ると合コンに参加していた天瀬がいた。

市子の姿は観葉植物が邪魔して見えない。
「この前は大丈夫だった?」

「すいません、先に失礼させていただいて」

「いや、僕も二次会に行かなかったんだ。花井さんいないのに行っても仕方ないし。
 あの花井さん、今度二人で・・・」

その言葉を遮るように俺は姿を見せた。
「花井君、急ぎ会議資料をメールして欲しいんだが」

「はい、天瀬さん失礼します」
天瀬から少しでも早く離れたくて足早になる俺に市子は小走りでついてくる。

イライラする、
自分の不安がこんなに早く目の前で証明されたことも、
市子が他の男と2人っきりでいたことも
これからこんなことが繰り返されるという危機感も。

「課長、どの資料がご入用ですか?」
「市子、わかってないのか?天瀬は明らかにお前を誘っていた」


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「え?何も言われてませんけど?」
「市子がいないのに二次会行っても仕方ないって言ってただろ」

「はい、え?あれはそういう意味なんですか」
鈍すぎる・・・。

ちょうど備品庫の前を通りかかったのでそこへ入った。
「あのな、お前は皆から狙われてるんだ、いい加減自覚しろよ」

鈍い市子とは対照的に俺の本能は大音量の警報を鳴らしている。
「市子、念のために聞くが、あのまま天瀬に食事に誘われていたら行くのか?」

「・・・・・・」
「返事をしろ」

「課長は私が行くと思っているんですか?
 そう思っているから聞いてるんですよね」

「あ、いやそうじゃない、その・・・・」

「行きません!!食事になんか行きません、誰とも。
 これでいいですか?失礼します。
 どの資料が必要なのかメール入れていただけますか」

そう言って市子は出て行った。
何だ、何でこうなった?

何で市子はあんなに怒ったんだ?
デスクに戻っても市子はいなかった。

とりあえずメールは入れておいて、後で話をしよう。


午後の始業ギリギリに野村と一緒に戻ってきた市子が、俺を見ることはなかった。
定時と同時に席を立った野村に市子が続く。

市子ともう一度話をしなければと思ったが、とても定時には上がれず、
タイムカードを押したのは20:00過ぎだった。

エレベーターのドアが開くと青山がいた。

「あー課長、何やったんですか、もう!うまくやってくださいよ。
 元井君も俺もデートドタキャンですよ。
 花井さんとモメたでしょ。彼女たち、花井さんと一緒に行ってしまって」

「別に何も・・・」
「ケンカですか?」

「したつもりはないんだが・・・」
「課長、俺これから元井さんとメシ食う約束してるんで、そこ行きましょう」

元井と合流して二人に今日の出来事を話した。
二人とも無言だ。

「市子は何で怒ったんだろうか」
「課長、失礼ですけど100%課長が悪いです。元井さんも同じ意見かと」

「元井、どうなんだ?」
「課長、女と付き合ったことあるんですよね」

「当たり前だ!なあ、俺の何がいけなかったのか教えてくれ」

「まず、花井さんは自分が誘われていることすら気づいてなかったんですよね。
 なのに、出来立ての彼氏に他の男と飲みに行くんだろうと言われれば 
 傷つきますって。浮気女と言われたのと同じです」

「待て待て、浮気女なんて言ってない。市子はそんな女じゃない。
 ただ、誘われたら飲みに行くのか聞いただけだ」

「じゃあ、万が一、花井さんが行くと言ったらどうするんですか」
「行って・・・ほしくない」

「そもそも花井さんはそういうタイプじゃないでしょ。
 そういう女じゃないから課長も惚れたんでしょうに、
 なのに疑うようなこと言うから。
 課長はそのあと何にもフォローしなかったんですか?
 謝るとか、メールとか」

「メールはしたぞ、資料はいらないって」
「課長・・・もしかしてそれ以外何もしていないんですか?」

二人の絶望した顔に一気に不安が募る。
「ダメなのか、まずいか?まずいのか?」

「課長は・・・もしかして花井さんと別れたいんですか?」
「なっ、バカなことを、やっと手に入れた女だぞ」

「花井さんは完全に誤解していると思いますよ。
 自分は信用されていないというか、尻軽女と思われているとか。
 出来立ての彼氏にそういうこと言われたらグーパンチか即サヨナラですよ」

「じゃあ、なんて言ったらよかったんだ。他の男と食事に行くなとでも?
 そんな情けないこと言えるか、年上で見栄もある」

「もう見栄張ってる場合じゃないですって。大切なものを失うかもですよ」
失う?その一言に鳥肌が立った。

「ど、どうしたらいいんだ、市子の誤解を解くには」
元井が江口と連絡をとっているようだ。

「あーあ、花井さん泣いてたって。自分のコト信じてもらえなかったって。
 別れたほうがいいかもって言ってたそうです」

泣いてる・・・?市子が俺のせいで?
惚れて、やっと手に入れて、大切にしたかったのに

俺の彼女になってよかったと言わせたかったのに
まだ何も始まってないのに・・・。

「課長、へこんでるヒマないっすよ。早く誤解を解かなきゃ手遅れになりますよ」
「江口たちはどこにいるんだ?」

「さっきまでこの前の居酒屋にいたみたいです」
「なんて言ったらいいんだ、また下手なこと言って怒らせたら」

「ごめんでいいんじゃないですか?他の男と飲みに行くなとストレートに言ったら通じますよ」


店を出て市子たちのいる居酒屋を目指す。
別れるなんて絶対嫌だ。

デートも食事も手をつなぐことも、市子の望むことも何もしてないのに。


「課長って意外にめんどくさいですね」

「ああ、見た目もピカイチ、仕事も文句なしの出世街道爆走中
 未来の役員候補筆頭って言われてんのに、こっちはさっぱり」

「花井さんだから許されてるんですよ。
 俺の彼女だったらその場でアウトですよ。
 花井さんの鈍さと課長のKY、前途多難じゃないですか?」

「うまくいくさ、多分な。なんだかんだ言っても課長はベタ惚れだから。
 ちなみに花井さんが別れようかって言ってたのはウソだ。
 ああでも言わないと課長は悪気なく放置だ。
 課長にはもっと危機感持ってもらわないと俺たちずっとデートドタキャンだぞ」

「そりゃたまらないっすね」


二人がそう笑っているのも知らず、息を切らして急ぐ。
居酒屋の近くまで来ると、300mほど先を歩く3人の姿が見えた。

「市子!」と叫ぶと三人が一斉に振り向いたが二人はそのまま駅のほうへ
 消えていった。

近づいていくと「課長?」と呼ぶ小さな声が聞こえた。

「すまない、傷つけてしまって。
 そのっ、別れたくない、絶対に別れない」

「別れる?」

「その、ひどいこと言ったろ、昼に。
 市子はそんな女じゃないってわかってるけど、行かないって市子の口から
 聞きたくて、安心したくて」

「それを言いに来たんですか?
 病み上がりなのに、こんなに汗をかいて」

「ああ、うん。ごめん、ホントにっ」

「わかってます。彼女たちに言われました、私は鈍いって。
 今日のこと話したんです。
 そしたら、彼女が他の男に誘われているのを見たら心中穏やかじゃないって。
 ごめんなさい、本当に誘われているって思わなくて。
 嫌な思いをされたでしょう。
 ダメですね、私。課長の気持ちも考えずに失礼な態度をとってしまって。
 でも、誘われても行きませんから、課長以外の人とは」

「ありがとな、なんか俺めちゃくちゃカッコ悪いな。
 天瀬は若手の中でも優秀だと聞いているから、その、市子を取られてしまうんじゃないかと・・・すまない、こんな嫉妬深いおっさんじゃ・・・な」

ふいに市子が俺の頬を撫でた。

「そんな心配いらないのに。
 私は要さんがいいんです、他の人に興味はありません。
 要さん以外の人と飲みに行くことはこれまでもこれからもありません」

「市子がフリーと思っているからどんどん誘いが来るよ」

「そんなモノ好きは要さんくらいです。
 誘われても彼氏いるって言っちゃいますから。
 帰りましょう、明日も仕事ですよ」

市子の手を取って歩く帰り道はとても幸せだった。



(続く)





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