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KY男と鈍感女の恋-第4話



作家名:くまあひる
文字数:約3320文字(第4話)
公開日:2020年6月8日
管理番号:k029


挿絵の官能小説画像

「おはようございます。朝ご飯食べてください。」
「すまない、何から何まで」

昨日よりも格段にすっきりした頭で、昨夜市子が言ったことを考える。
今日帰ってしまえば市子の誤解は2度と解けないだろう。

嫌われているのは仕方ないが、誤解だけは解いておきたい。
簡単に諦められるほど軽い気落ちで何年もいたわけじゃない。

「あの、花井、1つはっきりさせておきたいことがある」
「何でしょう?」

「花井は俺のことが嫌いか?婚約者とかは考えずに藤堂要という男は嫌いか?
 俺はもう何年も花井一筋だ。だけど花井から嫌いと言われたら諦められるから。
 遠慮せず花井の正直な気持ちを聞かせてほしい」

「・・・・ 嫌いだったら・・・、部屋に入れたりしません。
 看病したり、ご飯作ったりしません。
 でも、課長には婚約者がいます。私が許されるのはここまでです」

「花井、何度も言うが俺は見合いも婚約もしていないし、花井に惚れてから
 付き合った女もいない、君が何を聞いたのかわからないが、誓ってあり得ない」

「・・・・・・」

「あっ!もしかして!・・・・確かに!確かに!した!
 花井が聞いた話は確かに常務とした。
 でも結婚するのは弟で、相手は常務の縁戚にあたるそうだ。
 そうだそうだ、常務とそんな話をしたよ」

「そう・・・なんですか」
市子は真っ赤になって下を向いたままだ。

「花井、俺の誤解も汚名も晴れただろ、君の気持ちを聞かせてくれないか。
 これでNOと言われたら潔くあきらめるよ」

「一晩だけ婚約者の方に借りるつもりで、それで諦めるつもりでした。
 合コンのあと、酔っぱらいに絡まれていた時、怖くて助けを求めようと
 声をあげたら無意識に課長を呼んでいました。助けに来てくれるわけもない課長を・・・
 そしたら、ホントに助けに来てくれて、それもヒーロータイミングで・・・
 すごくうれしくって、悲しかった。」

俺はどうしていいかわからず、市子を抱きしめた。

「ごめんな、あの時俺の不注意で怖い思いをさせて。
 あの酔っ払いが、市子の腕をつかんでいるのを見た瞬間、殺しても構わないと思った。
 花井、ちゃんとお前の気持ちを教えてくれないか。
 片思いが長すぎて信じられないんだ」

「好きです、課長よりもずっと前から」
「ずっと前から?もしかしてお前が失恋した相手って・・・」

市子は黙って頷いた。
人間はうれしすぎると何も言えなくなるのか。

うれしくてうれしくて脳みそはどんちゃん騒ぎをしているのに、
酸素が欲しくてパクパクしている金魚のような心境だ。

言葉も出てこないし、自分が息をしているかもわからない。
何かわけのわからないことを叫びだしそうで手で口を押える。

「課長?」
「ああ、すまない、あまりにうれしくてな。もう三年も片思いだったんだ」

「ほんとに?」

「俺はもう30半ばのおっさんだし、わかっていると思うが口もうまくないし、 
 女の気持ちがわかるタイプじゃないから、お前から見たら つまらない男だと思う。
 でも市子に一番惚れているのは自分だと自信があるんだ。
 絶対に大事にするから」

市子が俺を見つめている。
愛してやまない女が手を伸ばせば届く距離にいる。

このまま押し倒して、抱きつぶして、俺の気持ちをわからせてやりたい。
本能にかられたとき、ふと野村の言葉を思い出した。


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“市子に恋愛の楽しさを教えてやってください”
そうか・・・まだデートもしてないんだよな。

「課長、お顔が赤いですよ、熱がぶり返したんじゃ・・・、
 おうどん食べましょう、すぐご自宅へお送りしますから」

「・・・・・」

市子のアパートと俺の自宅は車で10分もかからない距離だった。
機嫌よく運転する市子とは反比例して俺は面白くない。

せっかく、お互い思いが通じたというのに市子は俺といたくないのか。
途中、市子はスーパーにより、水やゼリー、うどんなどを買ってくれた。

「薬を飲むときは必ず何か食べてからですよ、胃が荒れますからね」
「俺を送ったら、市子は今日どうするんだ?」

「とくに予定はないので自分の部屋に帰ります」
市子は鈍いのか?

それともこんなに舞い上がっているのは俺だけなのか。
せっかく思いが通じたというのにさっさと帰るつもりなのか。

「一緒にいたいのはやまやまですけど、体調が良くないのに
 私がいたら休めないでしょう?
 課長には早く良くなっていただきたいので」

そうだが・・・そうだけど・・・ごもっともだが・・・。
そんなに理路整然と言われると、自分だけ片思いの世界に連れ戻された気がする。

俺は一緒にいたい。やっと手に入れたんだ。
それくらい望んでもバチは当たらんだろ。

「市子の言うとおりだ。
 体は重いし、痛いし、今夜も熱が出るかもしれないな、不安だ」

「大丈夫ですよ、病院のお薬はよく聞いたじゃないですか」
「・・・・・」

ダメだ、市子に泣き落としは効かない。
部屋の前まで来て荷物を受け取る。

ドアを開けると同時に市子の腕をつかんで引きずり込んだ。
「キャッ」という声がしたが、俺はそのまま鍵を閉めた。

彼女の顔からは怒りも感じられないが笑顔もない。

「俺は市子と一緒にいたい。
 何もしないし市子の言う通りちゃんと寝る。
 何もしなくていい、だから一緒にいてくれ、ダメか?」

「私がいると休めないでしょう」
「市子はいたくないのか?」

「課長の体のほうが心配です」
「じゃあ看病してくれ」

「わかりました・・・お邪魔します」
靴を脱ぎながら市子がポツリと言った。

「課長がこんな方だとは思いませんでした」
「幻滅したのか?・・・じゃあ我慢する、市子に嫌われるのは耐えられない」

「いえ、もっとこう、大人の男性をイメージしていたので、
 こんなに駄々をこねる姿なんて想像していませんでした。
 でも、自分だけが見ることが出来るのはうれしいです」

「市子・・・キスしたい」
「えっ?あ、あの?」

恥ずかしそうにうつむいてしまった彼女の姿は、何もしないという約束をいとも簡単に
破らせてしまう破壊力だ。


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顎をつまんで上を向かせると市子は目をそらしてしまう。
「市子、俺を見て」

市子の唇にそっと触れる、柔らかい感触にやっと手に入れることができたと実感する。
ついばむように角度を変えて繰り返す。

「ん、苦し・・・」
「大丈夫か?」

「すいません、初めてなので」
と言いながら呼吸を整える。

「え?もしかして・・・これがファーストキスなのか?」
俺の表情を窺がいながら市子がうなずく。

ということは・・・市子は処女なんだ。
ということは・・・市子にとって俺がすべてにおいて初めてなんだ。

だらしなく頬が緩むのが自分でもわかる。
「気持ち・・・悪いですか?」

「何でだ?」
「だって今まで誰にも相手にされなかった女ですよ」

「・・・・・」
市子は何か誤解しているんだろうか。

野村も青山も市子は人気があると言っていたのに。

「俺はお前に3年も焦がれていたんだぞ、気持ち悪いわけないだろ、
何もしないと言っときながらキスする俺のほうがイカンだろ。
市子は今まで誘われたり、付き合ったりしなかったのか?」

「ありましたよ、食事とかお出かけ的なお誘いは」
「行かなかったのか?」

「だってそういうの社交辞令なんでしょう?」
「・・・・・?」

「私、大学の時に美羽ちゃんっていう仲のいい友達がいたんです。
 性格もいい子で、見た目もお嬢様風で性別を問わず大人気だったんです。
 彼女はいろんな人から誘われたり、告白されたりモテモテだったんですよ。
 でも彼女はいつもこれは社交辞令だからって言ってたんです。
 彼女くらいかわいくていい子でもお誘いが社交辞令なら、
 私なんて社交辞令ですらないんじゃないかと。」

なんなんだ、その自己肯定感の低さは。

野村が市子に恋愛の楽しさを教えろと言ったのは、市子が妙な自論と価値観を
持っているからなのか。

俺としては男の誘いを真に受けないというのはかなり安心できる勘違いではあるが。

「俺はお前に惚れて告白した、それは社交辞令でないのはわかるな。
 じゃあ、市子はこれから俺とどうつきあっていきたい?
 どんなデートがしたい?」

「どうって・・・すいません、経験がないのでわからないです。
 あの、今はデートの中に入っているんですか?」

「デートと言うか・・・俺が部屋に連れ込んだだけというか・・・、 
 宿題だ、考えといてくれ」

バスルームから出ると買ってきた軽食と薬が用意されていた。



(続く)





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