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KY男と鈍感女の恋-第3話



作家名:くまあひる
文字数:約4640文字(第3話)
公開日:2020年6月1日
管理番号:k029


挿絵の官能小説画像

どういう事だ?市子は俺が他の女と結婚すると思っているのか?
なぜだ、俺の身辺に誤解されるような女は皆無だ。

野村のことを誤解しているのか?
いやそんなふうでもなかったが・・。

でももうこの話はするなと念押しされてしまった。
明らかに迷惑なのだろう。

失恋した相手が忘れられないのだろうか。
失恋・・・か、ガラにもなく何年も片思いしてた。

あの時聞いた繊細な声、ふわりと浮かぶ優しい笑顔。
この女だと思っていたのに・・・もう手に入らないのだ・・・。


昼休み社食で昼食をとっていると、江口がやってきた。

「課長、ありがとうございました。
 私も真理子もうまくいきました。
 課長もあれから市子と一緒だったんでしょ?」

「いやフラれたんだ」
「ウソ、そんなはずは・・・ちゃんと真理子のことは訂正しました?」

「ああ、でもそういう事だ、協力してくれてありがとな、 野村にもそう伝えてくれ」


社食を出るころには野村も来ていて、二人で顔を突き合わせてヒソヒソ話し込んでいた。

なんだなんだ、Wデートの計画でも立ててんのか、
まあかわいい部下たちがうまくいったんならよしとするか。


それから市子と仕事上何度も話をする機会があったが、いつもと変わらない市子の態度に救われた。

さすが俺の市子だ、惚れ直しそうだ。
いや惚れ直したところでどうしようもないんだが。

ふと大きなため息が出た。
しまった、市子に聞かれなかっただろうか。

彼女を追い詰めるようなことは絶対にしたくない。
彼女の為に出来ることはもうこれくらいしかない。

市子の為ならどんなことでもしてやりたかったのに。


“ミーティングしたいので集合してください”
定時間際に送られてきたメールの宛先に市子は含まれていない。

しかし、幸せな連中に気をつかわせるのも申し訳ないし、飲んで醜態をさらすのも・・・
どうしようか迷っていると青山がやってきた。

「課長、もう出れますか?野村さんが必ず課長を連れて来いって」

「もう尻に敷かれてんのか」と」笑うと、嬉しそうに笑う青山を見ると断るのも気の毒になり、カバンを持った。


最初に口を開いたのは野村だった。
「ちゃんと説明しましたか?」

「ああ」
「お見合いなんてしてませんよね」

「しつこいぞ、俺は人生一度も見合いなんてしたことない」
「え?」

そこにいた4人が同時に顔を上げた。
「でも、まあこういう結果だから、あきらめるよ」

「課長は、それで諦めがつくんですか?」
そんなに簡単に断ち切れる気持ちじゃないって自分が一番よくわかっている。

無理やりフタをしてなかったことにしようと努力しているんだ。
それを責められると辛いものがある。


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「市子が拒絶したんだぞ、どうしたらいいんだ。」
「市子はなんて言ったんですか?」

「遊びのクセに、とか、もうすぐ結婚するのに、とか、大嫌いとも言われた。
 そしてもうこの話はしないでくれとトドメを刺された」

「もしかして課長はそれを黙って聞いてたんですか?
 市子の言っていることはおかしいと思いませんか?
 課長は本気なのに遊びって言われたんでしょ。
 結婚する予定なんてないんでしょ。」

「当たり前だ、市子以外の女と結婚なんて考えられない」
「じゃあ、何でちゃんと否定しなかったんですか?」

「市子があまりにも悲しそうに泣いていたから」
「市子、泣いてたんですか?」

「ああ、号泣だったな」
「まさか課長そのまま放置したんじゃないでしょうね」

「・・・・」
「課長!どこまで下手打ってるんですか、泣いてる女を一人にするなんて」

あきれ顔だった元井の顔が、今じゃ絶望感満載になっている。
「あ、後からちゃんと追いかけたぞ、絡まれていたのもちゃんと助けた」

「え?花井さん絡まれてたんですか!?」
「ああ、酔っ払いにな」

「課長!!」
「何やってんですか!誤解以前の問題ですよ」

江口がため息をつきながら顔を上げた。
「いいですか?よく考えてください。市子の言っていることおかしいでしょ」

「ああ、身に覚えがない」
「課長、今までよく恋愛してこれましたね」

「課長が未だ独身なのが分かる気がする」
「僕も。ルックスもいい、出世街道驀進中、全てを兼ね備えているのに」

「どうするんですか?ホントにあきらめちゃうんですか?」
「あんなにはっきりNOと言われたんだぞ、手の出しようがないじゃないか」

「最近課長のまわりでお見合いした人とか結婚した人います?」
「いないなぁ、俺のまわりはほとんど既婚者だしな、ああ身内ならいるぞ」

「どなたですか?」
「弟」

「その話、誰かにしましたか?」
「いや、してない。まだ婚約中だ」

「じゃ、無関係ですね」
「何だ、何かあるのか?」

「課長、市子は課長がお見合いして結婚が決まっていると思ってるんです」
「は?」

「は?じゃありません。課長もそれらしいこと市子に言われたんでしょ。
 彼女は課長ご自身がそう話しているのを聞いたと言っていました。
 どういうことなんです?」

「わからん・・・」

「課長、市子はこの前の合コンのほとんどのメンバーから狙われてます。
 前にも言いましたが、メンバーは若手のエース揃いだったんですよ。
 いいんですか?市子だって優しくされたらポロリと落とされてしまうかもですよ」

「課長、まずその誤解から解いてみてはどうですか?」
「しかしな、この話はもうするなと言われたんだぞ、どうすりゃいいんだ」

その途端4人全員からため息をつかれてしまった。
「課長、社外なので上下関係なしのバリアフリーでお願いしますね」

根性なし、臆病者、意気地なし、役立たず・・・
次々に部下からとは思えない言葉を浴びせられる。

「課長は市子が他の男のモノになるのを指くわえて見てるんですか?」
「いや、ダメだ」

「即答するところをみるとまだあきらめてないんですね」
「何年市子を見てきたと思ってるんだ・・・でももうこれ以上嫌われたくないんだ」

「・・・・・」
結局妙案も浮かばず、5人でしこたま飲んで帰った。


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調子が悪い。
普段何とも思わない階段での移動が誰かを負ぶっているようにしんどい。

風邪の引きかけか少し肌寒い。
何とか階段を登りきり廊下のベンチに腰掛けた。

よかった、会議が終わった後で。
目を閉じると市子の声がする。

そういえば、あの時も市子が薬を持ってきてくれたんだ。
もう一度聞きたい。

市子がささやくように言ってくれたあの言葉を。
情けなくも目が熱くなって涙が流れるのが分かった。

「課長大丈夫ですか?」
ああ市子の声だ、ついに幻聴が聞こえるようになったのか。

「課長」ともう一度呼ばれて目を開けるとのぞき込むように市子が立っていた。
「大丈夫ですか?」

「ああ、うん、どうしてここに?」
「広報課に用があって。具合悪そうですね、誰か呼んできます」

「大丈夫だ、ちょっと風邪を引いただけだ」
「薬を持って来ましょうか?」

「薬か・・・花井、少し話したいんだが、時間はあるか?」
「・・・・・・」

「以前、俺がこの課に着任した頃、同じように体調崩して・・・
花井が薬持ってきてくれたんだよな」

「はい」

「あの時、かなりメンタルやられてた俺に、声をかけてくれたんだ。
 あの時から花井は俺にとって特別な存在になったんだ。
 今、声をかけてくれて、それを思い出してた。
 花井、俺はお見合いなんかしていな・・・・」

あれ?なんか体が傾いている気がする。
記憶の向こうで市子の叫ぶような声が聞こえた気がした。


気が付くと、病院のベッドで寝かされていた。
枕元には野村が立っていた。

「課長、なにやってんですか、40度近く熱があるのに会社来ちゃダメでしょ」
そんなにあったのか、どうりでしんどいはずだ。

「点滴終わったら帰っていいそうです、隣の薬局で薬もらってくださいね」
「俺、どうやってここまで来たんだ?」

「市子が血相変えて駆け込んできて、男連中に頼んで私の車に乗せてきました」
「そうか、ありがとう」

「じゃあ、もうすぐ後任者がくるので、それまでおとなしく寝ててください」
野村が帰ってから20分ほどして点滴が終わるころ、仕切りのカーテンが揺れた。

「あの・・・ご自宅まで送るように言われてますので」
そういって姿を見せたのは・・・市子だった。

点滴のおかげかずいぶん楽になり、近くの薬局で薬をもらい、市子の運転で自宅へ向かった。
「花井、すまないがコンビニに寄ってくれ、水とか買いたい」

「私が買ってきますから、何が必要ですか?」
「水と、栄養ドリンクでいい」

「そんなんじゃ元気になりませんよ」
「いいんだ、何も食べたくないし、どうせ寝るだけだ」

しばらくして帰ってきた市子の手には、コンビニにしては大きめの袋がぶら下がっていた。


マンションのエントランスでおろしてもらい、荷物を受け取る。
「助かったよ、ありがとう」

エレベーターに向かうが自分でも熱のせいかふらふらしているのがわかる。
「課長」と呼ばれ、振り返ると市子が俺の手から荷物を取り上げていた。

結局部屋まで送ってもらい、鍵を出そうと鞄に手を入れるが、いつものポケットにない。
「課長?」

「鍵がない・・・あっデスクの中だ」
「え?」

「あ、いや花井はもういいから帰りなさい。タクシーで行くから」
「いえ、戻りますから、取りに行きましょう」

「すまない・・・」
再び市子の車に乗り会社へ向かった。

俺の記憶があるのはここまでだった。


目覚めたとき俺はベッドの上だった。
病院なのか?ひんやりと冷たいものが額にあたる。


次に目覚めたときには起き上がれるようになっており、部屋を見回すとそこは病院ではなかった。

ドアの向こうでカサカサという音とトントンという連続音が聞こえてくる。
俺の記憶は・・・市子に送ってもらって、鍵がなくて・・・

会社に戻ろうとして・・・それから・・・?
となると、ここは・・・?

ドアが開いて暗い部屋に隣の部屋の明かりが入る。
そこに現れたのは、・・・市子だった。

「気が付かれましたか?お水飲んでください、脱水症状になるといけないから。
 お粥を作ったので、お薬を飲む前に何か食べておかないと」

「・・・ここは君の部屋?」

「はい、車の中で寝てしまわれて、熱も高くなっていたようなのでお連れしました。
 あの・・・差し出がましいようですが、婚約者の方にご連絡されては? 
 ウチにいて頂くのは構いませんが、誤解されてご迷惑をおかけするといけないので」

「花井、何か誤解があるようだが・・・俺に婚約者はいないし、もちろん結婚の予定もない。」
「でもっ!」

「俺は遊びで君に自分の気持ちを伝えたりしない」
「・・・・・・」

「そうか、俺はそういう男だと思われていたってことか・・・。
 すまない、この話はするなと言われていたのに。
 いろいろ迷惑をかけてしまった。帰るよ、タクシーを呼んでくれないか」

「まだ熱が高いですから、明日の朝まで休んでいってください」

「いや、これ以上迷惑はかけられないし、君も嫌いな男が自分のベッドで寝ているなんて嫌だろ?」
ベッドから出て鞄から携帯を取ろうとしたとき市子が口を開いた。

「課長、私は聞いたんです、常務とお話しされているのを」
「なんのだ?」

「見合いもいいもんだろうとか、おめでとうとか・・・。
 いい子だから大事にしてやってくれよって常務がおっしゃってました。
 結納の日取りとかも・・・なのに私となんて・・・
 そんな扱いをされるのがとても悲しくて・・・」

そう言う市子はすでに泣いていた。
何で市子は泣くんだ?怒っているんじゃないのか?俺のことが嫌いなんじゃないのか?

市子の言葉も市子の涙の理由も全く分からない。
「さあ、朝までゆっくり寝てください。朝になったらご自宅にお送りしますから」

市子は涙をぬぐいながら部屋から出て行った。



(続く)





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