KY男と鈍感女の恋-第2話
作家名:くまあひる
文字数:約4680文字(第2話)
公開日:2020年5月23日
管理番号:k029
3
月曜日、野村からミーティングをしたいとメールが届いた。
指定された店に行くとすでに野村と江口は来ていた。
江口の第一声は
「藤堂課長、私の交換条件は営業一課の元井さんをお願いします」だった。
「お、おう」としか言えない俺は、対照的に不敵な笑みを浮かべる二人に苦笑いするしかない。
そんな俺に構うことなく二人は当日の分担と配役を説明し始めた。
「スタートは19:30、男女7名ずつです。
女子7人の中に私たちも含まれてます。店はココです。
男子は市子参加と聞いて自ら名乗りを上げた精鋭たちです。
かなりの本気度だと思います。
課長は20:00くらいにはココに来ておいてください。
私たちは市子に飲ませますので酔った市子を送って行ってください。
あとは市子自身の気持ちを確認して、紳士に徹するか、送り狼になるか
課長次第ですが、くれぐれも市子の嫌がることはしないでくださいね。」
「わかっている、しかしこういう店に俺が一人でいたらおかしくないか?」
「でしたら課長も若手と飲みにきたということにしたらいいじゃないですか、
青山さんとか元井さんとか・・・」
なるほど、この小悪魔たちはなかなかの策士だ。
「課長はマメに携帯をチェックしてください。
こちらからのミッションを送りますので。
それからこれは私たちからのアドバイスです。
課長はルックスもいいし、仕事もできるし面倒見もいい理想的な男です。
でも残念なことにわかりにくいんです。
だから市子には言葉を尽くして愛してやってくださいね」
「そんなにわかりにくいか?自分では結構ストレートなつもりなんだが」
「まず!近寄りがたいんです。課長のファンは結構いるのに、
その雰囲気で近寄れないんです。
もっと笑ったらいいのに。全然印象変わって今以上にモテますよ」
「市子以外にモテても仕方ない」
「そりゃそうですけど、まったく・・・どんだけ市子にはまってるんですか。
それなのにお見合いするなんて、だからこんなに話がややこしくなるんですよ」
「は?見合いなんてしてないぞ、自慢じゃないが俺は市子一筋だ」
「そうなんですか?どこで話がこじれたのかしら?」
二人は顔を見合わせていた。
4
合コン当日、ソワソワと落ち着かず、19:00にはタイムカードを押した。
青山と元井と合流し店を目指す。
「課長からの誘いって珍しいっすね」
「忙しいのにすまんな」
「いえ、うれしいっすよ、久しぶりだし、明日は休みだからどこまでも付き合いますよ」
純粋に飲む気満々でおしぼりで手を拭く青山を見ると少々心苦しいが、市子を手に入れる為だ、犠牲になってもらおう。
「お前たちは面識があったのか?」
「ええ、研修や会議で何度か、飲むのは初めてですけど」
「課長、今日は何で俺たち二人を誘ってくださったんですか?
仕事がらみじゃなさそうだし、店は少々若手向きと申しますか・・・」
「・・・・・」
「何か別の目的があるんすね。教えてくださいよ」
2人とも興味津々で見つめている。
まさか協力者への人身御供とは言えない。
「お前たち、彼女はいるのか?」
「僕はいないです。去年のプロジェクトにどっぷりとつかっていたらフラれました」
「青山さんモテそうなのに」
「そういう元井さんは?」
「社内で気になるコはいます。けどなかなか接点がなくて」
「元井、気になるコって誰だ?できる限り協力してやる」
「本当ですか!?ありがとうございます! 経理の江口さんです」
何だと、こいつらすでに成立か・・・喜んでやりたいような面白くないような・・・。
「よし、俺に任せろ、俺がセッティングしてやる、江口とはつきあいがあるんだ」
と自慢げに言ってみたが実際は手綱を握られている司令官なんだが。
青山を見ると不服そうに俺を見ている。
「ああ、ふてるなお前にもお似合いなヤツを紹介してやるから」
目を輝かせてうれしそうに笑う青山は人懐こい犬のようだ。
「で、今日の本当の目的は?」
元井が切り込んできた。
「その・・・ちょっとあってな」
そのとき、テーブルの携帯が震えた。
“揃いました、始めます”
携帯を食い入るように見ていると
「女からですか?」
「ああ」
「おおっ課長からそんな話を聞くとは。今までプライベートは謎だったのに」
「課長の彼女って社内ですか?社外ですか?」
「まだ、彼女じゃない、彼女にしたくて足掻いているんだ」
「誰です?」
「ウチの・・・花井市子」
知りたがっていたのに、さほど驚かない2人。
「ほー花井さんですか、わかる気がします」
「僕も」
「何でだ?」
「花井さんて評判いいんですよ、仕事はキッチリだし、出しゃばらないし、気が利くし。
媚びるようなこともないし、女子から悪く言われるの聞いたことないっすよ。
同性からのポイント高いのはなかなか珍しいんですよ」
「そうそう、裏表がなくて誰にでも同じ態度って聞いてます。
けどガードが鉄壁ってことでも有名ですよ。
誘っても笑顔でお礼言われておしまいだそうです。
まあそのカタさも同性からのポイントなんでしょうけど。
僕の同期も誘ってもスルーされたって言ってました。
でも、ソイツは今度、花井さんが合コンに来るって・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「もしかして合コンが今日でココってことですか?」
「ああ、もう始まっているぞ、ちなみに江口もいる。
っと、勘違いすんなよ、江口は市子の付き添いだ。」
「課長は花井さんのこと呼び捨てですね、結構親しいんですか?」
「全然、それどころかちょっと誤解もあってな」
「課長は花井さんが合コンに参加するの黙って見てたんですか?」
「ちょっと、あってな」
「課長、さっきから濁しているその“ちょっと”の部分を説明してくださいよ。
協力しますから、そのために僕らを連れてきたんでしょ?」
今までの経緯を説明すると、二人ともすぐに状況を理解してくれた。
「誤解の部分は課長と野村さんが訂正したら済むことでしょう。
花井さんの失恋は時間が薬でしょう。
ただ女性が失恋中と言っている間は、物理的に強制終了させただけ。
相手が自分のものになる可能性が消滅しただけで
脳内はまだその男と恋愛中です。ですのでそこをどう脳内改革するように
仕向けるか、男の恋愛技量が問われます。
待つのも一つの手ですし、割り込んでいくのも選択肢の一つです。」
「で、今日は花井さんが持ち帰られないように、見張っているんですか?」
「いや、あの中に協力者がいるんだ」
「それって、江口さん?」
「と、野村だ」
「もしかして僕に紹介してくれる人って野村さんですか?」
「NGか?」
「いいえっ!ドストライクです。研修で同じ班になったことがあるんですけど、
さっぱりしてて感じよかったんです。でもその時は彼氏いるって聞いてたから」
「今日の段取りはどうなっているんですか?」
「野村と江口が市子に飲ませて、潰れたところに俺と出くわして、
俺が送っていく予定なんだが、市子に誤解されたままだからうまくいくかどうか」
「王道ですね」
「課長、携帯見せてください」
江口たちからのメッセージを見せると、何かを入力して返された。
すぐに返信があり、確認すると
“今のところ予定通りですが男子が思いのほか本気です。
いい男揃いな分危険ですね“
俺が動揺していることなどお構いなしに、次々とミッションが送られてくる。
「課長、出番です、市子が潰れそうです」
心臓がバクバクして、今の俺の不安を体に教えてくれる。
「元井、タクシー拾ってきてくれ」
そう頼んで、出口に向かうと野村と市子が出てきた。
市子は正体不明になっているわけじゃなく、ちゃんと自分の足で歩いている。
「あれ?課長、どうしてここに?」と声をかけてきた。
「ああ、飲んでたんだ」と白々しく答える自分のダイコンっぷりが痛々しい。
「課長、市子を送ってってくれませんか?私たちまだ二次会もあるんで」
「ああ、送っていくよ」
顔がほころばないように努めて冷静を装っていたが、その仮面をいとも簡単にはぎ取ったのは市子の一言だった。
間髪入れずに「大丈夫です、一人で帰れますから」
断られてしまった・・・これからの結果を暗示しているかのような拒絶。
直立不動で固まっていると、慌てて野村が市子を諭し、連行するように外へ連れだした。
元井が捕まえたタクシーに市子を押し込み、こちらを振り返った野村は鬼の形相で
「課長、そんなことで固まっててどうするんですか!
しっかりしてください。
私たちにできるのはここまでなんですから、健闘を祈ります!」
頷くしかできない俺はさぞかし情けない上司に見えただろう。
「花井、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですから、降ろしてください、歩いて帰れますから」
「歩いて帰る元気があるならもう一軒付き合ってくれ」
断られるのが怖くて返事も聞かずにタクシーを出発させた。
五分ほど走って得意先と行ったことのあるバーに入った。
いつか市子と飲みに来たいと思っていた静かな店だ。
奥の席を選び、対面に座ると市子は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「取って食いやしないから、そんな顔をしないでくれ。
早速だが、まず誤解を解いておきたい。
俺と野村は何でもないし、俺は野村に惚れているわけじゃない」
「課長はそのお話をされるために私を誘ったんですか?」
「それもあるが、本題は別だ、
花井、失恋したてとは聞いているが、俺と付き合ってくれないか」
市子は下を向いたまま何も言わない。
「花井は上司と付き合うのはイヤか?俺個人のことは嫌いか?」
「・・・いです」
「え?」
「大嫌いです!ひどい!
結婚決まっているくせに、何も知らないと思って遊びでそんなこと言うなんて!
失礼します!」
猛烈な拒絶にしばらく呆然としてしまい、気が付くと市子はいなくなっていた。
こんな時間に市子を一人で帰らせてしまったことに焦りながら、後を追ったが市子の姿は見えなかった。
ヤバいな、あんな泣き顔で歩いていたら襲ってくれと言っているようなもんだ。
タクシーにでも乗ってくれていたらいいが。
野村に市子に電話してもらって無事を確認しようとケータイを持った時、女性の叫び声がした?
どこだ?市子なのか?途切れがちに聞こえるその声を頼りに走っていくと中年のサラリーマン風の男が女性に絡んでいた。
視界に入る後ろ姿は・・・市子だ!
全力疾走で走っていくと、その男が市子の腕をつかんでいた。
「てめぇ、俺の女に何やってんだっ!」
男の胸ぐらをつかむと明らかに泥酔しているその男は抵抗する力も残っておらず腕を振り回すだけだった。
「課長、やめてください。大丈夫ですから」
市子の制止で手を放すと、男はヘナヘナと尻餅をついた。
市子の目尻から涙がこぼれていた。
それを必死に隠そうと我慢しているのを見ると胸が締め付けられる。
惚れた女が目の前で泣いているのに抱きしめてやることも背中を撫でてやることも出来ないなんて。
「花井、送っていく。タクシーを捕まえるから大通りまで出よう」
市子は俺に話しかけられるのを拒むかのように少し後ろを歩く。
「花井、悪かったな、俺そこまで嫌われていたなんて思ってなかったんだ、
恥ずかしいけどな。でも遊びなんかじゃない、もう何年も・・・っと
未練がましいな、忘れてくれ。来週からはいつも通りな」
少しして、いつもの冷静さを取り戻した市子がぽつりと口を開いた。
「もうすぐ結婚されるのに私なんかと遊んでたら婚約者に怒られちゃいますよ」
何だって?今市子はなんて言った?
聞き返そうとしたときタクシーが止まり、乗り込んだ後も会話を拒絶するかのように外を見ていた。
降り際、こちらを向き
「もうこのお話はなさらないでください。課長のおっしゃる通り今まで通り
ご指導いただければと思います」
そう言って振り返ることもなく帰って行った。
(続く)
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