KY男と鈍感女の恋-第1話
作家名:くまあひる
文字数:約2880文字(第1話)
公開日:2020年5月20日
管理番号:k029
1
社食で昼食をとっていると背向かいに女子社員が3人座った。
経理の江口愛菜、直属の野村真理子、そして俺の市子。
といっても、本人にそう呼んだことはない。
なぜなら、藤堂要34才、6才年下の部下、花井市子に絶賛片思い中。
この春三年目に入り記録更新中。
「元気だしなよ市子」
「市子なんかあったの?」
「片思いの人ダメだったんだって」
「告って撃沈したの?」
「ううん・・・上司の知り合いの人と婚約したって本人が言ってた」
何だと!?市子には好きなヤツがいたのか。
彼女に男がいないことはリサーチ済みだが、片思いの相手がいたとは・・・。
「そうなんだ、市子の好きな人って誰だったの?社内?社外?」
「ん、もういいの、終わった話だから」
「そっか、じゃあさっさと次いこ!次!」
おおっ野村いいこと言うじゃないかっ!お前はデキる部下だ。
「市子、合コン行こっ!」
「えっ・・・」
彼女の「えっ」と俺の心の「えっ」が重なった。
おい、余計なことをするんじゃない、市子はもうすぐ“俺の市子”になる予定なんだ。
「私、そういうの苦手だから」
「大丈夫、私たちも行くし、市子の好みは?年下?年上?」
「・・・・」
「性格は?ルックスは?草食系?それともキリッとタイプ?」
「市子の性格で相手も大人しかったら、デートがヤバいでしょ」
「それもそうか、じゃあ男らしい強気系ね」
よしっ!俺に任せろ!と言いたいが、合コンとは・・・。
「それと手の早いヤツはダメね、市子が食われちゃう」
「でもさぁ、市子もたまにはハメはずしてパーッと遊んだら?」
コラコラ、俺の市子になんてことを唆すんだ。
耳をダンボのようにして市子の様子を窺うが市子は黙ったまんま。
「とにかく!市子のために選りすぐりのメンツ揃えるから、市子も頑張るのよ」
野村のその言葉で合コンの話は終わってしまった。
市子が合コン・・・ダメだ行かせないぞ、何としても阻止しなければ。
合コンはいつなんだろうか。
平日なら市子を残業させたらいいだけだ。職権乱用だが全く良心は痛まない。
行かせないためなら、システムダウンさせて全員残業させるくらい平気だ。
だが、土日だったら・・・
ああ、合コンの詳細な情報が欲しい。
となると、市子に合コンを持ちかけた2人のうちどちらかを味方に取り込むか・・
野村だな、何と言っても俺は直属の上司だし、市子とはデスクが隣同士。
影響力は格段に上だ。
よしっ善は急げだ(善かどうかはわからないが)。
さっそくオフィスに戻り、食事から帰ってきて給湯室に入る野村を追いかけた。
「野村、その・・・合コンはいつやるんだ?」
「は?」
「さっき社食で話してた・・・」
「今のところ来週の金曜日の予定ですけど・・・もしかして課長も行きたいんですか?」
「いや、行ってほしくないんだ」
「ん?市子どうしたの?」
振り返ると入り口に市子が立っていた。
「お話し中にすいません、課長、中野産業の森様がお見えです」
「あ、ああわかった」
それだけ言って市子は戻って行った。
「課長、この話は後程改めてにしましょう」
そう言って野村もいなくなった。
なんてこった、完全に誤解されたな。
あれじゃ完全に野村への告白だ、よりにもよって市子に聞かれるなんて。
来客室に向かいながら、大きなため息が出た。
デスクに戻り、市子の様子を窺がうと、何となく目が赤い。
何かあったんだろうか・・・心配でオロオロしてしまう。
いいトシしたおっさんが何やってんだかと嫌になる。
2
次の日、俺は意を決して野村を会議室に呼び出した。
「課長、もしかして市子狙ってるんですか?」
「ああ」
「やっぱり」
「すまん」
「何がですか?」
「昨日、誤解を生む言い方をしてしまったからな」
「やだ課長、私そこまで空気読めない女じゃありませんよ。
私に対してじゃないくらいわかってましたから」
「そ、そうか、で、その・・・協力してほしいんだが」
「本気ですか?市子は遊びで付き合うコじゃありませんよ」
「もちろんだ」
野村は少し間をおいてニヤリと笑った。
「交換条件があります」
「何だ?仕事がらみは無理だぞ」
「心外です、プライベートな案件はプライベートで交渉します。
これから言う条件を全てのんでくださるのなら協力します。
1.市子を泣かせない
2.市子に恋愛の楽しさを教える
3.市子と付き合うなら他の女はすべて清算
4.事が成就した暁には経営企画部の青山さんとの飲みのセッティング
どうでしょう。」
「1.と2.は言われなくてもそうする。
4.は・・・お前は青山狙いか」
「課長は青山さんと同じ大学出身でしょう、セッティングだけして下されば
あとはこちらでやります、たとえうまくいかなくても課長を恨んだりしませんから」
「承知した、だが3.はどういう事だ?俺は女なんていないぞ」
「え?・・・いえこれはもう一度確認しますので
ひとまず条件に入れといてください」
「交渉成立だ、市子の合コンはキャンセルだな」
「いえ、連れていきます」
「何でだ!」
「男性陣にはもう通達を出しましたから。」
「じゃあ俺も行く!」
「はぁ?課長のおトシだと浮きます!」
「でも、市子が他のヤツに持ち帰られたら・・・」
「市子に限ってそれはあり得ません!」
「でも、酒も入ってるんだぞ!」
「課長・・・どんだけ市子病にかかってるんですか、そもそも課長はいつから市子を?」
「市子には言うなよ、俺がこの課に着任した時からだ、
その時から市子は俺の女神なんだ」
「まさかの3年のキャリアですか。
課長みたいな人が3年も黙って見ているだけなんて。
じゃあそれを市子に伝えたらいいだけなのでは?」
「市子には好きなヤツがいたんだろ、今言っても断られるに決まっている、
だから市子の気持ちが落ち着いてからにしようと思ってるんだ。
なのにその前に他の男に掻っ攫われたら困るんだよ」
「うーん、お気持ちはわかりますが、市子は人気あるんですよ。
本人は全くの無自覚無症状ですが。
残念ですが市子が合コンに参加する話はすでにオープンにしています。
ということは市子が今フリーで彼氏募集中と公言しているのと同じです。
もしかしたら合コン前に“ぬけがけ君”が出現して、市子を掻っ攫っていく
可能性だって大いにあるわけです。合コンに行く行かないの問題ではないんです。
今回は市子の為の合コンなので、結構マジメ系のレベル高いメンツが揃うはずなので
課長ますますヤバいですね。」
オイ、オマエハオレノミカタジャナイノカ?
人選を間違えた気がする。
「私に考えがありますので、失礼ですが私の指示に従ってください。
では後日詳細を連絡しますので。
あと、江口ちゃんも仲間に入れますんで。
それから、市子は課長が私に告白したと思っているのでそこから訂正しないと
ダメですね。じゃ、失礼します。」
ホワイトボードに書かれた“条件を”消しながら
こんなにサクサクと指示されてしまうと自分の不器用さを新ためて突きつけられる。
今までも人並みに女性と付き合ってきた。
でも、市子は違うんだ。
市子を手に入れられなかった時のことを考えるととても恐ろしい。
グズグズしていたら他の男に持っていかれるかもしれないというリスクを
わかっていながら前に進めない。
ホントに情けないくらい惚れてるんだ・・・あの時から。
(続く)
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