ランジェリーの誘惑〜共演者とのキョウエン(狂宴)-9話
作家名:夢野由芽
文字数:約3210文字(第9話)
公開日:2020年4月22日
管理番号:k016
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「結衣。君はいつだって、ぼくの想像や期待を超えていく。」
源は自分の妻である結衣の、本当の姿をそこに見た気がした。
毎日顔を合わせている自分の妻でありながら、まるで初めて会った女性を見つめるような気持ちになっていることに源は気づいた。
それに、結婚前も結婚後も、源は結衣にこんなランジェリーを着せたこともなかったし、結衣自身、自分から進んで身に着けるようなこともなかった。
さらに実生活の中でもドラマのシーンでも、結衣があんなにどぎつい紅のルージュをつけたのを見たこともなかった。
(結衣はぼくの中では清純な女性なのだ。)
源は自分の中で勝手にそう決めつけていたのかもしれなかった。
おそらく源のそうした思いを慮り、結衣自身、本当の自分を偽り、清純な女、貞淑な妻を演じようとしていたのかもしれない。
しかし、目の前に現れたのは、妖しげな色気を漂わせた娼婦のような結衣なのだ。
源は言葉を失い、里帆や槍下の目の前で臆することなく、ランジェリー姿を晒している結衣をじっと見つめていた。
「あら?ごめんなさい。ワイン。
お待たせしちゃいました。
ね、乾杯しましょ。改めて、新たな出会いに。」
源から主導権を奪い取ったかのようなタイミングで、結衣がグラスにワインを注いだ。
源は黙ってグラスを差し出した。
それぞれがグラスを取った。
「結衣。新しい出会いに乾杯。」
「源さん。お招き、ありがとうございます。」
「ほらほら、かたっ苦しい挨拶はナシよ。何のための乾杯かわからないじゃない。」
結衣の言葉をきっかけに、4人は互いの顔を見合いながらグラスを傾けた。
結衣はさりげなく智久を見た。
智久も結衣を見た。
互いの視線が絡み合う。
智久は結衣のランジェリー姿を遠慮なく凝視していた。
夫である源の存在など、まるで眼中にないようだった。
しばらくそれぞれが話す仕事の話を聞きながら、結衣は不思議な感覚に包まれていた。
(この3人に関係があるのは当然として、どの程度までの関係なんだろう。
わたしだけが知らないままでいるのは、なんとなく違和感があるな。)
結衣は思い切ってそのまま言葉にした。
「ねえ、教えて。3人の関係は?わたしだけが知らないことがあるのは嫌だわ。」
「3人の関係?」
「そう。簡単に言えば、源さん。あなたは里帆ちゃんとどの程度の関係があるの?
それもいつごろから?」
そして槍下にも同じような質問をぶつけた。
「それから智久。あなたと里帆ちゃんの関係はいつから?」
突然の質問に、源は動揺を隠せないまま答えた。
「いや、ぼくは仕事だけのお付き合いだよ。コマーシャルの。」
「ぼくもそうですよ。バラエティとかで何本か共演しただけです。
プライベートで会うのは今夜が初めてかな。」
「ふ〜ん。そうなんだ。」
「結衣も細かいところにこだわるなあ。
今日の新しい出会いに乾杯したばっかりじゃないか。」
源はどこかしらこの話題にはストップをかけたいような雰囲気をその言葉に含ませていたが、結衣は聞こえない風を装って話を進めた。
「ねえ。里帆ちゃんは、どうなの?」
「わ、たし、ですか?」
「そう。男っていざとなると胡麻化してばっかり。
ねえ、同じ女として、里帆ちゃんにも同じことを聞くわ。
源さんとはどういう関係?智久とは?」
「源さ…。源ちゃんとはコマーシャルでお仕事させていただいて、
そのあとも何度か………現場以外でも。
現場近くのホテルで、すね。たいがいは。
……智君とは源ちゃんを通してお会いしてから、何度か。
あ、でも、ふたりきりであったことはまだありません。
源ちゃんとか綾瀬さんとか外村さんとか。」
「えっ?ホテルでもふたりきりじゃないの?」
「はい。外村さんがご一緒のことが多いです。」
「あ、MHKつながりなんだ。」
「はい。ごぞんじですか?バラエティ番組の【LIKE】でご一緒したとかで、
源ちゃんから紹介していただきました。」
「じゃあ、源さんは、綾瀬さんとも?」
「あ、よくおふたりでも会っているとか。
わたし自身は、綾瀬さんとはあまりうまくは…。」
源は何も口を挟まずにずっとワインを口に運んでいる。
智久は興味深げにふたりの話を聞いていた。
「あ、ドラマの時間帯がかぶってたとか?」
「はい。わたしの方が視聴率も悪かったので、関係悪化かとか書かれちゃって。」
結衣は以前、ネットニュースを騒がせた「新人女優Rとベテラン女優Hの軋轢」といった記事を思い出しながら言った。
「ああ、確かにそういうのってあるよね。」
「はい。いつか、機会があれば、仲良くしていただけるといいんですけど。」
「そっか。その辺も含めて、誰かが間に入ってくれるといいんだよね。」
「はい。ちなみに、わたし、結衣さんに似ているって言うだけで、
ネット上では悪者扱いされちゃいましたから。」
「知ってる。でもそれって最低だよね。」
「でも、ファンの方々の反応ですから、わたしの口からは。」
「ま、時間、かかるけど、何かあれば手の平返すのがこの世界だから、
気を付けようね、お互いに。」
「はい。わたし、結衣さんとならうまくやっていけそうな気がします。」
「そう、よかった。で、源さんは優しくしてくれるの?」
里帆と結衣は話が合うばかりではなく、ウマも合うようで、お互いにかなりのペースでワインを口に運びながら話し続けた。
「源ちゃんが、ですか?普段、ですか?それとも………。」
「もちろん、ベッドの中でのこと。あ、それとも、ベッドではしないのかしら。」
「いえ、もちろん、使いますけど…。」
さすがにこの話題はまずいのではないかという表情をして、里帆は源の方を向いて、源の顔色を窺った。
「まったく、ふたりとも話に夢中になって、あることないこと…。」
源はその雰囲気を察してか、結衣たちに話しかけてくる。
「あることないこと?」
結衣が少しきつい口調で言った。
「あ、いや、あることあること、かな。」
「やっと正直に言った。ねえ、こういうのに隠し事はナシでしょ?
そうしないと、わたし、また一人ぼっちになっちゃうよ。」
「結衣。ぼくがいるじゃないか。」
「って、だからなんでヤリPまで加わってくるの?
ねえ、ちょっと。近頃すっかりご無沙汰のくせに。
どうして今日はここにいるわけ?」
「いや、その………。」
いきなりの攻撃にさすがの智久も口ごもった。
「当ててあげましょうか。里帆ちゃん狙いでしょ?」
すかさず結衣が追撃を加える。
「いや。ぼくはそんなつもりは………。」
「えっ?そうなの?
だって智君、この前、里帆のことが一番だよって言ってくれたじゃない。」
その言葉に里帆が敏感に反応し、悲しげな声で智久に言った。
結衣はその口ぶりがいかにもセリフじみているのを感じ、里帆の意図を察した。
(里帆ちゃん、やるわね〜。ヤリPもタジタジだわ。)
「い、いや、あ、あれは。」
明らかに同様の隠せない智久に同情するように源が言う。
「おいおい、ヤリP、飛んだところでボロが出たな。」
「源さん、助けてくださいよ。」
「ぼくが君を助けられる場面かどうか、よく考えてくれよ。
ぼくだってかなり危ない橋を渡っている気がするんだから。」
「ねえ、源さん。それよりも………。」
「ど、どうしたの?結衣、ちゃん。」
「ワインが空なんですけど。」
「あ、ごめん。今、新しいの、持ってくるから」
「源さん。ついでにオードブル、なにか見繕って持ってきてくれる?」
源はむしろほっとして、逃げるように寝室を出て行った。
「さてと、ねえ、少し源さんを懲らしめたいんだけど、協力してくれる?」
結衣がそう言うと、2人が顔を近づけてきた。
「結衣は意外とあっさり受け入れたね、この状況。」
「そうね。自分で望んでいたことでもあったから。」
「えっ?そうなんですか?結衣さんってやっぱりすごいですね。」
「からかわないで。それよりも、源さんのこと、わたし、やっぱり許せないかも。」
「いや、突然ではあったかもしれないけれど、源さんだって悪気はなかったと思うし。」
智久自身も、共犯者としての責任を感じながら言った。
(続く)
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