痴れ女の妄迷-1話
作家名:金田誠
文字数:約2930文字(第1話)
公開日:2020年8月27日
管理番号:k053
ウブな男子大学生の手記。年上の女性に手ほどきされる様を、彼の気持ちの変遷を中心に描いています。少し謎めいた彼女は、いったいどんな女性なのか?
数十年前、私は総武線沿線にある東京の大学に実家から通っていた。
火曜日は1限の授業に参加しなければいけないため、上りの通勤ラッシュにあたる。
乗車率は、100%を有に超えていた。
定時刻の同一車両に、必ずしも乗るわけではなかったずぼらな私が、ある日を境に午前7時24分発の前から5両目に乗るようになった。
その日も、相変わらず駅員がぐいぐいと人々の身体を車内に押しこんできた。
左右のドアとドアの中央付近に押しやられ、私の右ひじは身体の後方で、不自然な角度に折れ曲がったまま、乗客たちにはさまれて電車は出発した。
右腕を前にもっていきたいのだが、身体はすでに浮いてしまっており、身動きがとれない。
次の駅では、もっと人が乗ってくる。
身体は進行の向きにあるので、次駅の到着直前に、とんでもないことになるのは明らかだった。
仕方がない。乗客が何人か降りるすきをみて、体勢をととのえればいいか・・・と息苦しさを感じながら半ば諦めていた。
到着間近になると、電車はブレーキをかけスピードを落とした。
理科で習った慣性の法則で、身体は進行方向に倒れる。
多勢の人の重さを全身に感じたそのときだ。
自分の突出した右ひじに、くにゅりとした感触をとらえた。
電車のスピードがもう一段弱まると、こんどはさらに強くやわらかいものが、ひしゃげていく肌触りを先端に感じた。
これは!紛れもなく女性の乳房だ・・・。
心臓の鼓動がドキドキ鳴る。
この場合は痴漢にならないのだろうか・・・。
そうだ!事故だ。
世の男性は、こうした状況をしばらく楽しみたいと思うだろう。
私も同じように考えていた。
でも、よこしまな考えが行き過ぎないようにしないと、本当に痴漢あつかいされて一巻の終わりになるかもしれない。
電車は駅に到着したが、降りるのは、ほんの数人だった。
乗りこんでくる人が圧倒的に多かった。
数分前までは、体勢を変えようと必死になっていたはずだったが、このままの状況が変わらないことに、いやさらに悪化していくことに安堵している自分がいた。
ひしめきあいが、もっと激しく続いてほしい・・・。
電車の扉が閉じて発車すると、慣性の法則が、さっきとは逆に現れる。
案の定、乗客たちは進行方向とは反対に身体を倒してきた。
すでに過敏となった右ひじの先端は、やわらかい肉の塊をとらえ、電車が進むほどに、ひじはまだ見ぬ彼女の豊かなふくらみに埋没していく。
あー気持ちいい。
至福だ・・・。
そうすると今度は、彼女の顔や体型がとても気になってきた。
背後で胸を尖らせている女性が、若くて美人であればいい。
痴漢であれば、あらかじめ好みの女性を選んで、というところだろう。
今回はあくまでも事故である。
選んだわけではない。
しかし、こんな千載一遇のチャンスには、今まで巡り会ったことなどなかった。
あぁ、もどかしい・・・。
この混みようでは振り返ることができない。
仕方がない。
空くまでは、ありったけの妄想で遊び続けるしかない・・・。
ところが、数駅も行かないうちに、慣性の法則がない駅間の道程でも、右ひじに押しつけられる感覚があった。
む?これはどういうことか?
身を堅くして、私はその真意を探ろうとした。
どう考えても、ふくらみが故意に押しつけられている?
いやいや、どこからどう押されるのかわからない車内、意図的に自分の胸を押しつけているとはかぎらないではないか・・・。
大型ターミナル駅到着寸前に、ふたたび慣性の法則が働いた。
右ひじに全神経を集中して、プリンのような感触を十分堪能する。
私の下腹部は、もうだいぶ前から冷たく湿っていた。
先走り液が大量に漏れ出ている。
駅に着くと、ニキビを押し出すように、乗客たちがホームに吐き出されていった。
私も回転しながら、一緒に外へ出た。
背後の人物の顔と身体を一瞥する。
20代OL風の中肉中背。
青のカットシャツに、薄手の淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている。
胸は三角に盛り上がっていた。
肩にかからないほどの短いストレートの髪をもつ彼女は、大きな垂れ目のタヌキ顔で、男好きのする感じがした。
妄想を確実に下回ると思っていたが、良いほうに裏切られた。
内心の歓喜は、その場で小躍りしてしまいたいくらいのものだった。
それも束の間、人の波に流されているうちに、彼女は人混みに紛れて姿を消していった。
これが、毎週火曜日に定時同車両を選ぶようになった理由である。
毎週火曜日、彼女は同じ時間の同じ車両に必ず乗っており、ひじの密かな楽しみは日課となった。
もちろん、他の曜日であっても会うことはできるのだろうが、私はそれをしなかった。
勇気がなかったからだ。
しつこいと嫌われるのではないか?
もしかしたら、彼女は嫌なのではないか?
あるいは、単なる痴女であり、他の男に対しても同じことをしているのではないか?
そうした疑心が目まぐるしく頭をかすめていくうち、せめて週に1度ならというウブな考えに落ちついていった。
そんな日常が数ヶ月くり返されると、次第に悶々として我慢ができなくなっていった。
ひじから伝わる感触は、若い妄想を肥大化させる。
あの服の下の裸体を想像し、彼女とのまぐわいを夢にまで見て、夢精の毎日を送るようになっていた。
いつものように、揉みくちゃにされながら至福のときを過ごす私は、大型ターミナル駅で降りると思っていたのだが、その日の彼女はそうしなかった。
人の波に揉まれて一旦はホームに降りたものの、ふたたび車両へと引き返してきたのだ。
私はぎょっとし、しばらく彼女の様子を見ていた。
座らずにドアの横に身体を預けている。
こちらの視線に気づくと、フッと彼女が意味深に笑った。
ほとんどの乗客は降りてしまっており、車両には幾人かしか残っていない。
それがスイッチとなり、思いきって声をかけた。
「いつも降りるところで、降りなかったですね」
自分の声が、震えているのがわかった。
「今日はね。休みなの」
声を私がかけてくるのが当たり前だというかのように彼女は、自然に返してきた。
初めて聞く声は、やや鼻にかかった感じの高いトーンで、それだけで股間の先端にむず痒さが走る。
今日の彼女は、いつもとは違ってラフな格好だった。
丸襟の薄いピンクのTシャツに、紺のパーカーを羽織っている。
下はショートパンツ姿で、ストッキングを履いていない生足は、ももの部分がややムッチリとしており、お尻は丸みを帯びて弾むような張りがあった。
「今日は二人で、どこかに行っちゃう?」
「えっ!」
言ったきり私は返事できなかった。
「ふふ。そうだよねー、困っちゃうよね。こんなこと突然言われたら」
彼女の頬は桃色に上気しているが、私の身体は激しく熱が上がっていった。
一瞬にして夢にまで見た展開が、脳内を駆けめぐる。
車内は波が引いたように、人影がまばらだ。
お互いの視線を交錯させたまま、私たちは双呼吸ほどのあいだ無言になった。
ほほえむ彼女が、視線をそらして窓外に目をやる。
窓際にたたずむ彼女と茫然と中央に立ち尽くす私は、やりとりを交わすことなく終点の三鷹駅まで来てしまった。
「とりあえず・・・降りよっか」
彼女にそう声をかけられて、吸い寄せられるように、ふらふらと後に続いてホームに出た。
夢が現実になるかもしれない期待が、むらむらと膨らんでくる。
(続く)
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