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歴史秘話ーある素封家の没落-最終話



作家名:バロン椿
文字数:約3920文字(第3話)
公開日:2020年8月5日
管理番号:k048


どこにでもある、金持ちが使用人の女に手をつける、それを昭和の戦前から、戦後、そして現代へ。時代は男女関係に厳しくなり、先祖代々の田畑、屋敷も失う様を描いた作品です。



挿絵の官能小説画像


止まぬ、汚らわしい行為

こんなことだから、「女郎屋に行くより安い」と義雄の女中部屋通いは収まらなかった。

「お坊ちゃん、いけません、そんなことは……」
女の怯えた声が聞こえてきても、誰一人として止めに入る者はいない。

下手に「お坊ちゃま、いけません」などと言えば、「生意気なことを言うな!」と殴られたり、場合によっては「出て行け!」と言われてしまう。

それどころか、女中頭は「騒ぎになったら、申し訳ない」と、新入りの女中に奥の一人部屋をあてがい、義雄への謂わば「貢物」としていた。


そして、泰三は泰三で、女中部屋通いはしないものの、妻の綾乃が出掛けた夜に限って、「肩が凝った」、「腰が張る」などと言って、女中頭に気に入った女中を部屋に連れて来させ、その体を弄んでいた。

「何をやってんだよ、全く」
長男の健輔は父と弟の行為を憎んでいたが、彼にも弱みがあった。

彼は今年、満20歳になる。

当然、徴兵検査を受けなくてはいけないが、父の泰三が在郷軍人会に働き掛け、「国家総力戦遂行の為に緊要なる業務に従事する者にして、必要欠くべからざる者」と認めさせ、「召集延期者」に組み入れさせていた。

だから、「義雄、もう止めろ。みっともないぞ」と叱っても、義雄は「何を言っているんだよ、兄ちゃんと違って、俺は戦争に行く身だ。いつ死ぬか分からないんだ。こんなことぐらい、いいじゃないか」と聞く耳を持たなかった。

だが、因果応報。人の道に反した行いの報いは必ず自分の身に振りかかってくるものだ。

悪事の代償

昭和17年(1942年)、時は日中戦争の泥沼から、さらに太平洋戦争へと突き進み、戦争により夫を失った未亡人が多くなっていた。

岩本家にも幼き乳呑児を抱えた戦争未亡人の藤井(ふじい)芳江(よしえ)が女中として雇われた。
あてがわれた部屋は、子連れなので奥の一人部屋。あの汚らわしいことが行われてきた部屋だった。

ねんねんころりよ、おころりよ、ぼうやはよい子だ ねんねしな……

芳江が子守唄を歌いながら子供を寝かしつけていると、ミシ、ミシと床のきしむ音が部屋に近づいてきた。

(まさか、まさか……)
悪い噂は聞いていたけれど、幼子を抱えた自分を狙うとは思いもしなかった。
だが、その足音が部屋の前で止まる。

「ど、どなたですか?」
芳江の声は震えていた。

子供の布団を掛け直して振り返ると、すーと障子が開き、義雄が中に入ってきた。

「あ、お坊ちゃん、ここは違います……」

不意をつかれた芳江は懸命に寝間着の襟を引き締めたが、手慣れた義雄は身八つ口から右手を入れ、早くも乳房を掴んでいた。


「いけません、お坊ちゃん、そんなことをしては」
「芳江、いいじゃないか」

「こ、声を出しますよ」
「出したって、誰もこないよ」
「あ、な、何をなさいます……」

唇を奪われ、慌てる芳江に、義雄は左手で寝間着の裾を割ると、その手を太腿に這わせてズロースに指を掛けた。

「いけません、いけません」

芳江は義雄の手の甲を抓って、懸命に止めさせようとするが、所詮、男の力には敵わない。

ズロースを引き下ろされ、帯も解かれると、もう芳江には抗う術はない。

戦死した夫にしか触れられたことがない秘部を義雄に弄ばれ、太腿を抱えられると、芳江は目を閉じ、「あなた、ごめんなさい……」と唇を噛みしめていた。

翌朝、屋敷の奥の林の中で、冷たくなった藤井芳江親子の遺体が発見された。
「将来を悲観して母子心中」、それで終わりとなる筈だった。


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だが、心ある者によって義雄の悪行を書き綴った物が雑誌社に持ち込まれ、「これでは英霊も浮かばれない」と小さな記事ながら、公になってしまった。


これには在郷軍人会が黙っていなかった。

「いくら地主の息子だからといって、こんなことを許してはおけん」と役場に押し掛け、兄の健輔と同様に召集延期者扱いなる手筈が整っていたが、それは即刻取り消された。

そして、義雄は満20歳、徴兵検査を受けると直ぐに中国大陸に送られ、それから南方へと移され、復員した時には右腕と視力を失っていた。

昭和36年、強姦事件

昭和36年(1961年)、泰三は妻の綾乃が亡くなると、「会社はお前が好きにやれ」と、経営していた岩本建設の社長の座を長男の健輔に譲り、自分は会長になった。

時は区画整理事業が真っ盛り。
道路工事、農地の宅地への転用、それに伴うアパート、家作建設と仕事はいくらでもあった。

真面目な性格の健輔は手堅い経営で、岩本建設は順調に業績を伸ばしていた。

泰三は「会長」ではあるものの、名ばかりで仕事などはないが、地元名士であり、各種評議委員など、名誉職的なものを引き受け、地域の付き合いは少なくなかった。

そういった関係もあり、女手が必要で、岩本家には、女中から「お手伝いさん」と名を替えた女性が数多く働き、中には住み込みの者もいた。


しかし、性悪なところは変わりようがない。
「会長さんにお尻を触られた」

「えっ、あなたも? 私もよ」
「嫌らしいわね」

とこんな話が台所で交わされ、そういうことは家族の耳にも入る。

嫁の郁恵は「ねえ、大丈夫なの、お義父さん」と不安を夫の健輔に伝えたが、「バカ、親父も65だぞ。そんなことをする元気もない」と相手にされなかった。

だが、事件は岩本建設の創業記念日に起きてしまった。

社長の健輔夫妻をはじめ、多くの者たちが、その記念式典とそれに続く祝賀パーティで出掛けていたが、創業者である泰三は「俺はもう隠居だ」といって、それらに出席しなかった。

家に残るのは、ベテランお手伝いの斉藤和恵と、行儀見習いとして、今年から住み込みで働いている20歳の水田(みずた)咲江(さきえ)の2人だけ。

妻の郁恵は嫌な予感がして、「心配なのよ。私、家に残るから」と夫の健輔に訴えたが、「いい加減にしろ」と、逆に叱られてしまった。

そんな息子夫婦のやり取りを知ってか、知らぬか、泰三は好々爺の顔で、「楽しんでこい」と玄関まで見送りに出たが、やはり「仮面を被ったオオカミ」、郁恵の予感は的中した。

家人が出て行くと、すぐさま、「和恵、遊びにいってこい」と斉藤和恵を追い出しに掛かる。

住まいは鉄筋コンクリートの3階建て、前年に取り壊した木造家屋とは異なり、気密性が高い。
鍵を掛けてしまえば、どんなに泣き叫ぼうとも、誰も助けに入れない。

和恵は過去の悪行を知っているから、「いえ、でも」と渋るが、「分からん女だなあ、お前は」と顔をしかめる。

それでも、「あの、片付けが残っていますから」と粘ったが、30分もしないうちに、「いつまでやっているんだ」と苛立ちを隠さない。

これ以上抗えば、「出て行け、首だ!」と言い出しかねない。
「あ、いえ、分かりました」と屋敷を出ざるを得なかった。

一人残された水田咲江が、どうも様子がおかしいと感じた時、泰三が「可愛いなあ、お前は」と素っ裸で迫ってきていた。

「だ、旦那様ダメで。そんなことは」

泰三は逃げる咲江を狙い通り3階の客間に追い込み、鍵を掛けた。

「いけません、旦那様、いけません」
咲江は部屋の隅に蹲り、身を守ろうとした。

だが、65とはいえ男の力は強く、「やめて!」と抵抗すると、平手で頬を張り飛ばした。
抗う気持ちが無くなった咲江は人形のようなもの。

服を毟り取り、散々体を弄んで、最後に操を奪うと、「ははは、悪く思うな」と泰三は客間を出て行った。


「酷い、酷い……」
泣き崩れていた咲江だったが、泰三が風呂に入った隙に裸のまま逃げ出し、交番に駆け込んだ。

この尋常でない姿に、驚いた警察官に事の始終を洗いざらい聞き出した。

しかし、戦前なら、「女中部屋で起きたことは、誰も預かり知らぬこと」と、これで終わりだったかも知れないが、時代が違う。

「何ということだ」と直ぐに屋敷に警察官が立ち入り、強姦事件となってしまった。


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更に近所にも刑事が聞き込みに回り、戦前からの悪事が警察の知るところとなってしまった。
弁護士が走り回り、なんとか執行猶予はついたが、名誉職は全て剥奪された。

そして、その3年後の昭和39年(1964年)、世の中が東京オリンピックに沸き立つ中、泰三はひっそりと、この世を去った。

遺産相続にあたり、妾が2人、認知した子供が3人現れ、その解決のため、元の敷地に保有していたアパートを手離さなくてはならなかった。

エピローグ

父、泰三の不始末で多くの取引先を失ったが、日頃から手堅い経営を心掛けていた健輔の信用は揺るがなかった。

そのお蔭で、岩本建設は、昭和46年(1971年)のドルショック、昭和48年(1973年)のオイルショックという荒波も乗り切った。

だが、「血は争えぬ」と言うのか、昭和49年(1974年)、29歳になった健輔の長男、由紀夫が祖父や叔父と同じように家政婦に手をつけてしまった。

「お前もか……」
健輔は絶句したが、そうは言っても大事な後継者。

弁護士が奔走し、警察沙汰になることだけは回避できたが、どこからか、このことがマスコミに漏れてしまった。

そして、戦前のことも含め、洗いざらい調べられ、
「三代に渡って流れる、『淫行の血』」

「呆れた資産家一族、祖父、叔父も、そしてお前もか!」
とセンセーショナルに書き立てられてしまった。

ここまで来てしまうと、健輔といえども支えきれない。

長年の取引先も、「お宅とは」と一斉に手を引き、後は坂道を転げ落ちるように、倒産。残った借金を返すため、資産を処分し、最後に一家に残ったのは30坪ほどの建売住宅だけだった。

しかし、彼らは一番幸せそうな顔をしていた。

「お父さん、行ってきます」
「ああ、気をつけて」

娘の明美は結婚をせず、慎ましやかに両親と暮らすことを選んだ。

親子ともども、一家の没落と引き換えに掴んだものは本当の幸せだったのかも知れない。




(終わり)





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